TRPGリプレイノベル「幻惑の森」

執筆:高見の一人芝居 Special Thanks:TIMA & All Players

【登場人物紹介】

クライス 種族:ハーフエルフ 性別:男
パーティーのリーダーを務める若きハーフエルフ(人とエルフの間に生まれた子)。
一見レンジャーだが本職は・・・。冷静且つ温厚だが、時々暴走する。
ヴィト 種族:人間 性別:男
冷静な若者。元は学者だったが、パーティーでは戦士として活躍。
スピアによる突撃を得意とする。
マイス 種族:人間 性別:男
壮齢のシーフ(盗賊)。手先はかなり器用。
鍵開け・ワナ外しは彼の仕事。
フォリアス 種族:人間 性別:男
大剣を操る屈強な戦士。その一撃は凄まじい破壊力を誇る。
また、楽器の演奏も得意とする。陽気な性格。
スファイア 種族:エルフ 性別:男
エルフの少年。少年とはいえエルフなので年齢は100歳近い。
パーティー唯一のソーサラー(魔法使い)。
ヴァーフ 種族:ハーフエルフ 性別:女
かなりガラの悪い少女。パーティー随一の危険人物。
ちなみにシャーマン(精霊使い)である。

【本編】

 岩の街・ザーンの街外れに、その森はあった。
木がうっそうと茂り、夜ともなれば一面闇に包まれるその森は、
迷い込んだものに幻覚を見せるといわれている。
その森に隠された秘密を知るものは、誰もいない……。

 ここは、ザーンの王都。その市場は、いつもと変わらぬ賑わいを見せている。
その市場の一角にて、何やら買い物に興じているのは、3人の冒険者風な男。
「すいません!このマントを1着!」
そう言って早速買ったばかりのマントを身に着けているのは、
一見戦士のようだがどことなく知的な印象を漂わせる青年。
その手には一本のスピアが握られている。
「ふむ……」
同じくマントを前に、財布を覗き込みながら考え込んでいるのは、
一見レンジャー風の軽装の青年。とはいえ、まだ顔にはかすかに幼さが残っている。
尖った耳からして、ハーフエルフだろうか。ブーメランを背負っている。
「おいクライス、まだか……?待ちくたびれたぞ」
つまらなそうにそう言うのは、腰に剣を差した壮齢の男だ。

「ちょっと待ってください……うん、大丈夫そうですね。すいません、私にもこれを」
クライスと呼ばれたハーフエルフは、先ほどの青年が買ったものと同じマントを購入して戻ってきた。
「お待たせしました、ヴィトさん、マイスさん」
「いやいや、せっかく付き合ってもらったんですから」
ヴィトと呼ばれた戦士風の青年が応える。
「まったく、付き合いで来たお前が考え込んでどうするんだ。
 まだこないだの稼ぎ、残ってるんだろ?さっさと買っちまえば良かったのに」

マイスと呼ばれた壮齢の男が言う。
「宿代とか残しとかないといけませんし、考えて買わないとお金はすぐ無くなりますから。
 そういうマイスさんは何も買わないんですか?」

市場を歩きながら、クライスは切り返す。
「ふん、わしは装備品は充分に持ってるからな」
「そうですね、マイスさんは酒代をかなりツケてますし、買い物する余裕なんてありませんよね」
ヴィトの痛烈なツッコミ。
「ぐ……」
マイスは黙りこくってしまった。苦笑するクライス。

 と。
「誰かー!誰か助けてー!」
市場に響き渡る女性の叫び声。見れば、前方から若い女性が駆けてくる。
「どうしました!?」
クライスが尋ねる。
「お、追われているんです!!助けてください!!」
見ると、前方からさらに賊らしき男が3人ほど向かってくる。
「待てぇーい!」
もう賊は数十メートルのところまで迫っていた。詳しい事情を聞いている暇はなさそうだ。
「やるしかなさそうだな……」
マイスが腰のカトラスを抜く。
「こらしめてやりますか」
ヴィトもスピアを構える。
「お嬢さん、ここは私たちにまかせて隠れていてください」
背中のブーメランを抜きながらクライスが言う。
女性は言われた通り、その場から離れる。
「なんだ、お前らは!?」
「やるってのか?おもしれぇ、やっちまえ!」

賊はクライスたちと向かい合った。

 先に動いたのはマイス。
素早く賊の一人に斬りかかり、賊の上半身めがけ一撃を見舞う。
「ぐはっ!」
賊はかなりのダメージを負ったようだ。
続いてヴィトがスピアを構えて別の賊に向かっていく。
突き出したスピアは、的確に賊のわき腹を捉える。
「ぐぅ……っ!」
これもかなり効いているようである。
そして残った一人めがけ、クライスのブーメランがうなりを上げる。
ガン、と音をたて、ブーメランは賊の頭部に命中した。
前の二人ほどでは無いが、少しは効いたようだ。
賊も反撃に転じるが、マイスとヴィトの素早い動きの前では剣は虚しく空を切るばかりである。
気付けば、3人の賊のうち2人はあっけなく斬り捨てられてしまっていた。
「く、くそっ……ここは引き上げて報告だ!」
そう叫んできびすを返す賊。
「逃がさん!!」
刹那、ヴィトのスピアが一閃。
次の瞬間、賊のわき腹をスピアの柄が捉えていた。
「が…はぁっ……!」
強烈な痛みに賊は気を失い、その場に倒れ込んだ。

「どうもありがとうございました」
気絶した賊を縛り上げた3人に、先ほどの女性が近寄り、礼を口にした。
「いえ、礼には及びません。それより、詳しい事情をお聞かせ願えますか?」
クライスが尋ねると、女性は話し始めた。
「私はこの街の貴族ダルエス家の娘、ルイーダと申します。
 先ほど街外れであの3人に襲われまして、必死に逃げて来たのです。
 あなた方がいなかったら、今頃は……。本当にありがとうございました」

ルイーダと名乗ったその女性は、そう言って深々と頭を下げた。
「せめて何かお礼を……そうだ、うちに是非いらして下さい!
 大したおもてなしは出来ませんが、せめて食事とお休みになる場所くらいは提供いたします」

ルイーダの申し出に、一同顔を見合わせる。
「悪い話じゃないな。正直、宿代がピンチでな」
そう言って苦笑するマイス。
「自分もこのマント買ってしばらく節約が必要な身ですし……ではお言葉に甘えましょうか」
クライスも同意する。
「あ、一つ宜しいですか?」
ヴィトが尋ねる。
「はい、なんでしょう?」
「実は酒場に3人ほど私たちを待ってる連中がいまして……。
 虫が良過ぎるのは百も承知ですが、彼らも一緒に、というわけにはいきませんか?」

「えぇ、お仲間の方もどうぞご一緒に」
そう言って微笑むルイーダ。
「ありがとうございます。いやぁ、助かりました。
 自分たちだけで行ったりしたら後でヴァーフたちになんて言われるか……」

ヴィトは苦笑する。
「では、のちほどこちらの方に来てください。父には私から話しておきますので」
そういって地図を手渡し、ルイーダは去っていった。

「ふぅ、今日はついてるぜ。宿代一日分もうけだ」
「ですね。でも、その前に一つやることがありますよ」
そう言って、クライスはなにやら詠唱を始めた。
「そろそろ起きてもらいます……キュアー・ウーンズ!」
縄で縛られた賊へ向けて、回復の魔法を放つクライス。
魔法が効いたのか、ほどなく賊は目を覚ました。
「お目覚めか……さて、知ってること話してもらおうか!?」
マイスが詰め寄る。
「わ、分かった、話す……」
賊は観念したように口を開いた。
「俺たちはただ、この街の外れにある森にあの娘をさらって来るよう言われただけなんだ……」
「誰に言われた!?」
「そ、それは……」
「ごちゃごちゃ言うな!今この場で死にたいのか!?」
マイスがカトラスを賊の眼前に突きつける。
「ひぃ!分かった、言う、言うから勘弁してくれ!」
「で、誰なんだ?」
「その森に住んでいるダークエルフだ……名前までは知らない
「本当に知らないのか?」
「ほ、本当だ!これ以上は何も知らない!」
「だとよ……どうする、クライス?」
後ろにいるクライスのほうを向いてマイスが尋ねる。
「まぁ、その様子ではどうやらそれ以上のことは知らないみたいですね。
 この辺で許してあげましょう」

「ほ、本当か!?」
賊がクライスのほうを見る。
「えぇ、ただし……たっぷり反省はしてもらいますよ、塀の中で」
「……え?」

 数分の後、彼らは衛兵のもとへと賊の身柄を引き渡した。
誘拐未遂の現行犯だ、しばらくは牢獄生活だろう。
そして、彼らの手には報奨金の100ガメル。
「どうする?3人で分けるにはちと中途半端な額だが」
「じゃあ……クライスさん、あなたにそのお金は任せます。
 あなたは私たちのリーダーだし、プリーストでもある。あなたが持ってるのが一番安心です」

そう、実のところクライスの本職は知識の神ラーダに仕えるプリースト、即ち神官である。
もっとも、レンジャーのような風貌から分かる通り、
彼はどちらかというと頭脳より体力派なのだが。
ちなみに、まだ若いクライスがリーダーである理由は、
彼らの出会いとなった冒険にあるのだが、それはまた別の話。
「そうですか?わかりました、じゃあこれは共同のお金ということで」
クライスはそう言って、自分の物とは別の財布に100ガメルをしまい込んだ。
「さて、では行きましょうか。フォリアスさんたちに事の顛末を説明しないと」
「そうだな」
3人は意気揚揚と、仲間の待つ酒場「怒れる巨人亭」へ向かった。

「なんだってぇ!?賊退治のお礼に貴族の屋敷に招かれた!?」
ここは冒険者の酒場「怒れる巨人亭」。酒場とはいっても、宿と仕事紹介所も兼ねている。
そこでクライスに詰め寄っているのは、随分と目つきの悪いハーフエルフの少女だ。
「くぅ〜、あたしも行っておけば良かった!そうすりゃ賊のヤロウをぶっ殺せたのに!
 何であたしを呼ばなかったのさ!?」

……言葉遣いのほうも随分と悪いようである。
「仕方ないじゃないですか、ヴァーフさんまだ寝てたし」
「うっ……そりゃそうだけど」
ヴァーフと呼ばれたその少女は口篭もった。
「まぁ、いいじゃねぇかヴァーフ。俺たちも一緒に泊めてくれるって言うんだし」
そう言ったのは屈強な剣士、フォリアス。しかし彼の剣は今は傍らに置かれ、
その両手にはリュートが握られている。
「フォリアスの言う通り。宿代も食費も浮くしね」
さらに、メイジスタッフを手にしたエルフの少年・スファイアが続いた。
「まぁ、そうだね。泊まれるだけでももうけ、か。
 というわけでマスター、今日はあたしら余所に泊まるから」

「あいよ」
マスターは無愛想な返事をした。
「ところでマスター、ダルエス卿ってのは評判はどうなんです?」
ヴィトが尋ねる。
「ん?まぁそうだな、貴族としての規模は小さいが、評判は割といいみたいだな。
 娘のルイーダさんは、年頃だし、そろそろ結婚の話も出てくるんじゃないか、と言われている」

マスターが答える。と、そこに歩み寄る影。ヴァーフだ。
「マスター、そのルイーダって娘についてちょっと聞きたい」
「……な、なんだ?」
その迫力に怖気づくマスター。
「そのルイーダって娘……あたしより綺麗か!?」
「へ!?」
「あたしよりスタイルいいのか!?胸はでかいのか!?どうなんだ!?」
「ぐ、ぐるじい……」
首をぐいぐいと締めつけながら問い詰める。もはや拷問である。
「やめろヴァーフ、マスター真っ青だぞ。
 第一、今から会いに行くんだから自分の目で確かめりゃいいじゃないか」

フォリアスがなだめる。
「確かにそれもそうだね。んじゃマスター、そういうことで行ってくるよ」
「ぐぅ……げほげほ、死ぬかと思ったぞ……。まぁ、ゆっくりしてくるといい」
こうして一行は酒場を後にし、地図に書いてある家へと向かった。

「地図によると……ここだな」
一行が行きついた所には、1軒の家。
貴族の家としては小さいほうだが、それでも並の家より立派だ。
「あ、皆さん!お待ちしてました!」
玄関先でルイーダが出迎えてくれた。
「さぁ、どうぞ。父も中で待っています」
そのまま中に通される一行。やがて、食堂らしき広間に案内される。
立派な装束に身を包んだ男 (どうやら父親のようだ) が一行を出迎えた。
「娘を助けていただいたそうで……ありがとうございました。
 小さな屋敷ですが、ゆっくりしていって下さい」

そのまま一行は豪華な食事をご馳走になった。
例によってテーブルマナーのなってない人間もいたものの、恙無く食事は進む。
「ところで、皆様に相談があるのです……」
その最中、ダルエス卿がそう切り出した。
「なんでしょうか?」
「これから1週間、皆様に娘の身辺警護をしていただきたいのです。
 実は1週間後、娘は大臣であるマディアス卿のご子息のもとへ嫁ぐことになっているのですが、
 どうやらそれを快く思っていない連中がいるようなのです」

「今回の誘拐未遂も、それと関連がある、と?」
「そこまでは分かりません……しかし、娘に危険が迫っているのは確かなようなのです。
 皆様のような腕の立つボディーガードが近くにいてくだされば、実に心強い」

「自分たちのようなしがない冒険者でいいんですか?もっと腕の立つのはいるんじゃ……」
「いえ、私の知り合いにはあいにく腕の立つのがおりませんで……。
 報酬は一人200ガメル、もちろん警護中は身の回りのお世話はさせて頂きます。
 どうか、受けて下さいませんか……?」

頭を下げるダルエス卿。
「……マイスさん、どうします?」
「悪い話じゃないと思うぞ。1週間分の宿代も浮くし、報酬も入るしな。
 それに、まだ今回の黒幕も残っているし、放ってはおけないだろう」

「……確かに、まだ安心は出来ませんね……。
 わかりました。これも何かの縁、その依頼、引き受けましょう」

思案の後、クライスは快諾した。
「あ、ありがとうございます!」
ダルエス卿は再び頭を深々と下げた。

「ところでダルエスさん」
今度はクライスが質問を切り出す。
「はい?」
「今回の誘拐未遂ですが、犯人は『ダークエルフに命じられた』と言っていたんです。
 何か心当たりはありませんか?」

「ダークエルフ、ですか……? いえ、別に彼らに恨まれることはしていないと思うのですが。」
「そうですか……では、人から妬まれたりしてるとか、そういうことはありませんか?」
「そうですねぇ……私のほうは特にないと思いますが……。
 ただ……これは私ではなく大臣、つまりマディアス卿のことですが、
 『ドリッチェ家』との権力争いに巻き込まれているようです」

「『ドリッチェ家』……ですか?」
「最近勢力を伸ばしている連中です。こういうのも何ですが、あまり良い噂は聞きませんな。
 ……まぁ、彼らが今回のことに関わっているのかは分かりませんが」

「なるほど、ありがとうございます」

「ちょっとよろしいかしら?」
そこにいきなり、気持ち悪いくらいに丁寧な声。……ヴァーフだ。
「……何でしょう?」
「先ほどから娘さんの姿が見えないようですけど……どちらに?」
「あぁ、娘は2階の自室に戻っていると思いますが……」
「ちょっとお話をしてきて宜しいかしら?」
「……? えぇ、構いませんが」
「では、失礼」
ヴァーフが出ていく。
(まずいっ!このままではルイーダさんが危ない!)
その場にいた5人の見解が一致した。ヴァーフの後を追う。
「あ、皆さん!?」
「「「「「さっそく護衛の仕事にかからせていただきます!」」」」」
「……は、はぁ」

 2階に行くと、ヴァーフが部屋に入って行くところだった。
「急げ!2人っきりにさせるな!」
フォリアスがドアの前に駆けつける。と。
がちゃん。
ドアに鍵が掛けられる音がした……。
「……しまった……」
がっくりと膝をつくフォリアス。
「ここはもう無事であることを祈るしかねぇな……。
 ちょっと聞き耳を立ててみるか……」

マイスがドアに耳をつける。
「……」
「……どうですか?」
「……あのバカ……」
「あぁ、やっぱり無礼なことを……」
がっくりとうなだれる一同。
やがてヴァーフがドアを開けて出てきた。
「おい、一体何をしてたんだ!?」
フォリアスが追求する。が。
「るせぇ!虎も恥じらう乙女どうしの会話だ、言えるか!」
そう言って1階へ降りていくヴァーフ。
(虎も恥じらうって……ていうか乙女って……)
しばし呆然となる5人。
「そうだ!ルイーダさんは!?」
クライスの一声で我に返る一行。慌てて部屋に入る。
中にはルイーダがいた……心なしか顔が赤い。
「大丈夫でしたか!?お怪我は!?」
「い、いえ、大丈夫です。……面白い人ですね、ヴァーフさんって」
「お、面白い、ですか……?まぁ、変わった奴には違いないですけどね」
苦笑するヴィト。
「まぁ、無事に収まって何よりです。
 ルイーダさん、これから結婚式までの1週間、我々が責任を持って
 貴方をお守りします。安心して過ごして下さい」

「はい、よろしくお願いします」

 こうして、一行の護衛任務が始まった。
相談の結果、昼はクライス・マイス・フォリアスが、
夜はヴィト・スファイア・ヴァーフが警護することとなった。
護衛1日目は何事もなく過ぎ去り、2日目。
昼が過ぎ、夜が訪れ、その夜も半ばを過ぎた。
部屋の外はヴィト、部屋の中はスファイアが見張っていた。
ちなみにヴァーフは部屋から窓の外をインフラビジョン(温度視)で監視している。
もっとも、寝ているルイーダにちょっかいを出そうとするヴァーフを
スファイアが必死に取り押さえる一幕もあったりしたのだが。
ちなみに昼部隊の3人は1階で眠っている。

 異変は突如として訪れた。
部屋の外を見張っていたヴィトに、突如として眠気が襲い掛かる。
「……くぅっ……いかんいかん、こんなことでは」
頭を振って懸命に見張りを続けるヴィト。
と、次の瞬間、ヴィトの後ろで部屋のドアが静かに開き、そして閉じた。
「……?ヴィト??」
不審に思ったスファイアが部屋の外へ出ていく。
残されたのはヴァーフと眠っているルイーダ。
「?? 出てっちゃった……なんか知らないけど、スファイアがいない今がチャンス!」
任務も忘れルイーダに忍び寄るヴァーフ。
その瞬間、背後で影が膨れ上がった。

「ヴィト、大丈夫?」
「……スファイアか。あぁ、なんとか起きてる。
 ちょっと眠いけど。……どうかしたか?」

「いや、さっきいきなりドアが開いたから……」
「!? 何だって!? ルイーダさんが危ない!」
「あっ、ちょっと!」
部屋に飛び込む2人。そこにはベッドにもたれかかり眠るヴァーフと、
眠るルイーダを担ぎ上げた3人のダークエルフ。
「くっ、インビジブル(不可視)とは……ルイーダさんを離せ!」
ダークエルフに向かい口を開いた瞬間、先ほどより更に強烈な眠気がヴィトを襲った。
「……ぐ……しまっ……」
ヴィトは耐えきれず、膝をつき倒れた。
その後ろではスファイアも既に眠りに落ちている。
「ふっ、他愛のない……さらばだ」
ダークエルフたちは1枚の置き手紙を残し、部屋の窓からルイーダを運び去った。

「……ん……」
時間にして数十秒が経過した頃。
始めに目を覚ましたのはヴァーフだった。
「一体何が……って、ルイーダがいないじゃない!ヴィトもスファイアも寝てるし!
 こらぁ!あんたら起きろ!何サボってんだぁ!」

自分も眠らされたことを棚に上げて、2人を叩き起こすヴァーフ。
「くそっ……やられたか!」
ヴィトは床を叩いて悔しがる。
「……僕、下の3人を呼んでくるよ!」
スファイアは1階へ駆け下りていった。
ほどなく、クライスたちが2階へやってきた。
「一体何が!?」
「やられました……インビジブルで入ってきていきなり眠らされたんです」
「闇の中の奇襲はダークエルフの得意分野ですからね……。
 仕方ありません、一刻も早く後を追わないと」

「でも、追うったってどこに行けばいいんだ……?」
「あ!そこ!なんか落ちてる!!」
スファイアが部屋の片隅に残された手紙を拾い上げる。
「……ヤツらの置き手紙か!?」
一同、手紙を覗き込む。
「これは……何語だ?」
「あ、これエルフ語だよ。僕読めるよ。読もうか?」
「頼む、スファイア」

『返して欲しくば、300万ガメル用意し、冒険者たちにディリスの森まで持って来させろ』

「ディリスの森に来い……?」
「ディリスの森だな!?そうと分かれば話は早い!行くぜ!」
言うが早いかフォリアスが飛び出して行く。後にマイス、スファイア、ヴァーフが続く。
「あぁ、皆さん待って!……行ってしまいましたか。
 どうします、ヴィトさん?」

「まずはダルエス卿に正直に話をしましょう。後を追うのはそれからです」

「なんですって!?ルイーダがさらわれた!?」
「申し訳ありません!自分がついていながら!」
放心状態のダルエス卿に、ヴィトは土下座して詫びる。
「いえ、ダークエルフの不思議な力の前ではしょうがないことです……顔を上げてください」
「ダルエスさん、既に他の皆はダークエルフを追って出発しました。
 我々もすぐに後を追うつもりです。必ず、娘さんは我々の手で取り返してみせます」

「お願いいたします……私の財力ではとても300万ガメルなど用意できない。
 もはやあなたたちだけが頼りです」

「ところで……ディリスの森、というのはどこに?」
ヴィトの問いにダルエス卿は地図を手渡して答える。
「この街の外れにある不気味な森です。
 昼間でもうっそうと暗いので、近寄る者は滅多にいないのですが……。
 なるほど、ダークエルフが好みそうな場所ですな……。
 ディリスの森は、訪れた者に幻を見せると言われています。気をつけて下さい」

「わかりました。では、我々も行ってまいります」
「頼みましたぞ!」

 表へ飛び出したクライスとヴィト。
「さて……他の皆さんは森に着いたでしょうか」
「さぁ……というか、あの中にディリスの森の場所を知ってる人、いましたっけ」
などと言いながら門を出る。と。
「おうクライス、ヴィト!ディリスの森ってどこにあるんだ!?」
4人が右往左往していた。2人は盛大にずっこけた。

 地図に従い、暗い道を進む一行。
やがて夜が明け始めようかという頃、一行の前に大きな森が見えてきた。
「……あれですね」
森の中は夜明けを迎えてもなお暗く、ランタンの明かりだけが頼りだ。
ランタンを持ったヴィトを先頭に、6人はぞろぞろと狭い森を進む。
ほどなく、急に視界が開けた。
「……木?」
なぜかそこだけぽっかりと広い空間が広がり、その中心には大きな木がそびえていた。
その大きさは周囲の木と比べても群を抜いている。
「大きな木ですね……ヴァーフさん、インフラビジョンで何か見えます?」
「……いや、木の上には何もいないみたいだね」
「なんなら、ここに呼び出してみるか?ここなら戦いになっても戦いやすい」
そう言ってマイスが大声をあげてみる。しかし、声は森に虚しく響くばかりだ。
木の周囲を探索してみても、何も変わったものはない。
「どうやら何もないみたいだな……行くか」
フォリアスが先を急ごうとする。
「そうですね、もたもたしててもしょうがないですし、行きましょうか」
「けっ!面白くないねぇ!」
ヴァーフが苛立ちからか、ヘビーメイスを木の幹めがけて振り下ろす。
……すかっ。
「……へっ?」
もう一度叩きつけてみる。しかし、メイスは虚しく空を切るばかりだ。
「どうしたヴァーフ?行くぞ」
「ちょっと待った!この木、なんかおかしい!」

 一同、木が実体を持たないことを知り、思案を巡らせる。
「これがこの森の幻覚ってヤツか……。
 どうやら、ここに何かが隠されているのは間違いなさそうだな」

「しかし……どこに何が隠れてるんでしょう?」
「ふん、こんなの考えたって始まらねぇや!」
そう言ったのはフォリアスだ。
「こんなんは、手っ取り早く突っ込んでみりゃいいのよ!
 いくぜ!おりゃあぁぁぁぁ!」

雄叫びを上げ、木の中へ切り込んでいくフォリアス。
「……うわあぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どごーん。
雄叫びはすぐさま悲鳴に変わり、大きな衝撃音が木の内部から聞こえた。
「……フォリアスさーん、生きてますかー!?」
クライスが恐る恐る木に向けて呼びかけてみる。
「……あぁ、なんとかなー!」
木の中からフォリアスのお決まりの返答が聞こえてくる。どうやら生きているようだ。
「中はどうなってますか?」
「暗くて良く分からん……明かりをくれないか?」
言われるまま、ロープにランタンを吊るして木の中へ突っ込んでみる。
やがて、ランタンが受け取られたのがロープ越しに分かった。
「穴の深さは5メートル、といったところですか」
ロープの長さからヴィトが推測する。5メートルも落ちたとなると、
流石のフォリアスでも多少の傷は負っているはずだ。
「……おーい、横穴があるぞ!」
中からフォリアスの声が聞こえた。

 一行は、ロープを伝って木の中へと降り立った。
「確かに、随分と暗いですね……」
穴の中は森の中以上に暗く、ランタンの光無しでは何も見えない。
とりあえずフォリアスの見つけた横穴を進んでいく一行。
……ぴちゃぴちゃ……ぴちゃぴちゃ……。
「地面がだいぶ湿っているな」
……びしゃびしゃ……びしゃびしゃ……。
「………………」
……ぬるぬる……ぬるぬる……。
「……おい!この音どう考えてもおかしいぞ!」
思わずヴァーフが叫ぶ。
「これは……油!?」
感づいたのはクライス。
「おいおい……ってことは、ランタンの火がこいつに移ったりしたら……!?
 おいヴィト、絶対にそのランタン落とすな!」

フォリアスが青ざめる。
「わ、分かってますよ……。
 しかし、安全を考えると火を消したほうが良さそうですね……。
 明かりが無いとなると……どうしましょう」

「あ、僕に任せて!……ライト!」
スファイアが古代語魔法を詠唱する。と、辺りが明るく照らし出された。
「これで大丈夫。火を消していいよ」

 ライトの光に照らされながら一行は油に濡れた穴を進む。
やがて、前方に階段が見えてきた。
階段を上ると、そこには1軒の小屋。
「こんなところに小屋か……明らかに怪しいな」
「とりあえず周囲をうかがってみましょう」
周囲を調べてみるが、窓などは無く中の様子はうかがえない。
「仕方無い、玄関から入ってみるしかないか」
「鍵は、かかっていないようだ」
扉を調べてマイスが言う。
「じゃあ、開けてみるぞ……」
扉の前にマイスとフォリアス。後の4人は少し離れたところから様子をうかがう。
きぃっ……と静かに扉が開く。と!
からん、ころんと高らかに音が鳴り響く!
「何者だ!」
「!! しまった!」
一行は最後の詰めを誤った。扉にはワナがしかけてあったのだ。
慌ててドアを閉めるが、完全に気づかれてしまった。
「ルイーダさんを連れ去ったのはお前たちか!?」
ドア越しにマイスが叫ぶ。
「……そうだ」
「300万ガメル持ってきた。ルイーダさんを返してもらおうか」
ハッタリをかけてみる。
「ふん、信用できんな。それにそもそも金など必要無い」
「なんだと!?」
「我々の狙いはあくまでもあの娘の結婚を阻止することだ」
「何の為にそんなことを!?」
「ふん、そんなこと、お前たちに話す必要など無い」
「……くっ!」
しばらくドア越しの睨み合いが続く。
「くそっ、このままじゃ埒があかないぜ!」
「説得の通じる相手じゃなさそうです……やるしか無いみたいですね」
「よし……そうと決まればいくぞ……3、2、1!!」
マイスがドアを思い切り開く。すぐさまフォリアス、そしてヴィトが部屋に飛び込む。
部屋の中にはあのダークエルフが3人。どうやら中央にいるのがリーダーのようだ。
ルイーダの姿は見当たらない。
「ルイーダさんをどこへやった!?」
「ふん、別のところに隠しておるわ。居場所が聞きたくば我々を倒すことだな」
「面白ぇ、やってやるぜ!」
「皆さん、最低でも一人は生かしておいてください!
 ルイーダさんの居場所もそうですが、いろいろ聞かねばならないことがありそうです」

はやるフォリアスたちにクライスが冷静に叫ぶ。
「OK……いくぞ!」
「……かかってくるがいい」
決戦が、幕を開けた。

 まずマイスが、続いてヴィトが、立て続けに左側のダークエルフへ斬りかかる。
しかし、皮鎧を傷つけはするも、致命傷には至らない。
そしてダークエルフが反撃に転じた。
「スネア!」
「ぐわぁっ!」
突如足元が隆起し、マイスはたまらず転倒する。
「バルキリー・ジャベリン!」
続けて中央のリーダーが呪文を詠唱すると、大きな槍が姿を現した。
槍はフォリアスめがけ襲いかかる。
「くっ……!」
懸命にかわそうとするフォリアス。しかし槍はそのわき腹に深い傷を負わせた。
「ぐあぁっ……!!」
もとより先ほどの転落によるダメージが癒えきっていないフォリアス。
たまらず膝を突く。と、次の瞬間。
「キュアー・ウーンズ!」
傷が塞がっていく。クライスの回復魔法だ。
「ふぅ、助かったぜクライス!さて、お返しだ!」
立ち上がったフォリアスは先の二人同様、左側のダークエルフめがけて突っ走る。
「悪! 即!! 斬!!!」
目にも止まらぬ三連撃。そして、次の瞬間。
「ぐわぁぁぁっ!」
ダークエルフの体はバラバラに切り裂かれ、血が飛び散った。即死である。
「さて……次はお前らだぜ!」
残る二人の方を向き、返り血に染まった顔でニヤリと笑うフォリアス。

(くっ……やるようだな、あの剣士)
ダークエルフのリーダーの顔に焦りが浮かんだ。
(……そうだ……ヤツを使えば……)
しかし次の瞬間、リーダーの顔に余裕が戻る。
そしてフォリアスのほうを向き、言い放った。
「チャーム!」
その瞬間、フォリアスの目から生気が消えた。
「!? フォリアスさん!?」
「さぁ、剣士よ、我を守るのだ」
「……はい……あなたさまの仰せのままに……」
フォリアスはリーダーの壁となり、他の5人の前に立ちはだかった。
「さぁ、味方に攻撃することが出来るかな?ふふふ……」

「くっ……どうすればいいんだ!?」
フォリアスが魅了されたのを目の当たりにして焦るヴィト。
「ふふふ……よそ見をしている暇があるのか?ストーンブラスト!!」
「!!」
もう一人のダークエルフから、ヴィトめがけ魔法が放たれる。
その瞬間、強烈な石つぶてが襲いかかった。完全に虚をつかれ、まともに食らってしまう。
「ぐぁぁぁぁぁっ!!」
弾き飛ばされるヴィト。なんとか立ち上がったが、いつ倒れてもおかしくない状態だ。
「離脱して下さい、ヴィトさん!」
クライスの声に従い、ヴィトは小屋の外へ退避した。

 一行は苦戦を強いられていた。
フォリアスが壁となっているため、リーダーにはうかつに手を出せない。
小屋の外からヴァーフがウィスプをコントロールしてリーダーにぶつけようと試みるが、
リーダーの魔法抵抗力は強く、決定打には至らない。
もう一人めがけてマイスが斬りかかるが、かわされ逆に毒のダガーによる反撃を受ける。
「くっ……!」
間一髪のところでかわすマイス。
と。
「うおおぉぉぉっ!!」
横から突如、ダークエルフの皮鎧をスピアが貫いた。
ヴィトだ。クライスの回復魔法で傷を癒し、ドアの影から突撃をかけたのだ。
「でやぁっ!たぁっ!!」
ヴィトはさらに目にも止まらぬ速さでスピアを振るう。
何が起こったかもわからぬまま、ダークエルフは返り血を撒き散らし、絶命した。
「助かったぜ、ヴィト」
「いえいえ。しかしこれで、リーダーを殺すわけにはいかなくなりましたね……」

「くっ……仕方無い。剣士よ、ヤツらを殺せ!」
「……仰せのままに……」
フォリアスが壁をやめ、マイスに向かってゆっくりと歩み寄る。
「デストラクション!」
その瞬間、スファイアがフォリアスめがけ精神魔法をかける。
「ぐ……」
洗脳を打ち消すには至らなかったが、少しは効いたようで、歩みが止まった。
「今だ!」
ヴィトがフォリアスの足めがけボーラを投げつける。
たまらずフォリアスはすっ転んだ。
「くっ……使えないヤツだ!こうなれば私自ら……」
そこまで言ってリーダーはふと気付いた。
(しまった……私にはもう攻撃魔法を使えるだけの精神力が……何か、手は……)
思案をめぐらすリーダー。と、その目に映るのは何やら魔法を唱えようとしている軽装の男。
(そうだ……ヤツを使うか)
「チャーム!」

再びリーダーの魅了魔法。
フォリアスを正気に戻そうと魔法の詠唱に集中していたクライスは、
なすすべなくそれを受けてしまった。
「さぁ神官よ、我にお前の精神力をよこすのだ。
 『トランスファー・メンタルパワー』を使ってな」

「……はい……」
ふらふらとリーダーへ歩み寄るクライス。
(まずい!ここでヤツが精神力を回復してしまったら……!)
もはや手加減など考えている余裕は無かった。非常事態だ。
ヴィトはとっさにスピアを構え、走り出した!
「うおおおぉぉぉぉっ!」
素早く走り寄り、スピアで斬りつけた。
完全に不意をつかれ、リーダーはかわすことも出来ない。
「ぐわ!」
「まだだっ!」
素早く2撃目を放つ。寸分違わずスピアは皮鎧を貫く。
「ぐあああぁっ!!」
「これで最後だ!!」
リーダーの胸めがけてスピアを突き立て、そのまま壁に叩きつける。
「ば、バカなぁぁぁぁっ!!!……ごふぅっ」
断末魔の叫びを上げ、リーダーは血まみれで息絶えた。

「さて……どうしましょう」
一同、顔を見合わせ考え込む。
リーダーが死に、クライスとフォリアスは無事に正気に返った。
戦闘には勝ったが、しかし、困ったことになった。
ルイーダの居場所を知るダークエルフは、今やもの言わぬ骸へと変わり果ててしまった。
これでは、ルイーダの居場所が分からない。
「仕方無い……この付近を徹底的に探してみましょう」
一同、小屋の中と外を調べて回る。
と、マイスのシーフとしての嗅覚が、小屋の床に怪しい部分を見つけ出した。
「……これは!」
マイスが床板を外すと、地下へ続く階段が見つかった。
一同、ここにいると信じて地下へ降りてみる。
そこには期待した通り、縄で縛られたルイーダがいた。
「皆さん!」
「良かった、無事でしたか」
クライスが縄を解く。
「また助けていただき、本当にありがとうございました」
ルイーダが頭を下げる。
「いえ、もともと我々のミスですから。
 それより、こんなところに長居は無用です。早く帰るとしましょう」

「そうですね、父も心配しているでしょうし、帰りましょうか」
出口へ向かうルイーダ。
「ちょい待ち!」
フォリアスがその腕を掴み止める。
「……なんでしょう?」
「ちょっと、ごめんよ。しばらく我慢してもらう」
フォリアスは持っていた布でルイーダの目を隠した。
「きゃ!な、何をするんです……?」
「いやぁ、こうでもしないと、上に出たときあんた気絶しかねないからな」
苦笑しながら言うフォリアス。
「……そういえば、上はいま……」
思い返したように先に上に出る一同。
改めて見たその部屋は、一面血に染まり、肉片が飛び散る、まさに地獄絵図であった。
「……確かに、こんな光景は見せられませんね……」
クライスは苦笑した。

 ルイーダを連れ帰ってから、一同は護衛の仕事を継続した。
幸い、それから5日間は何事も起きず、平穏な日々が過ぎていった。
そして、ついに結婚式の日がやってきた。
「皆様、ありがとうございました。これは約束の報酬です」
ダルエス卿から報酬を受け取り、確認する。と。
「ダルエスさん……報酬は一人200ガメルですよね?明らかに多い気がするんですが」
「お一人あたり400ガメル包んであります。200ガメルは護衛の報酬。
 200ガメルは娘を取り返していただいたお礼です。お納め下さい」

「いいんですか?元はといえば我々のミスで娘さんを危険に晒してしまったのに」
「いいんです、皆様には本当にお世話になりましたから」
「そうですか、ではありがたく頂いておきます」
「せっかくです、皆さんもルイーダの結婚式を見届けていってください」
「はい、ではお言葉に甘えて」

 一同はルイーダの結婚式を見届けた。
ルイーダも新郎も、本当に幸せそうだ。
「お幸せに!」
「しっかりな!」
冒険者たちは口々にルイーダを祝福した。
「皆さん、本当にありがとうございました!」
ルイーダと新郎は深く頭を下げた。

「さて……」
「おやクライスさん、もう行かれるんですか?」
「ええ、そろそろ次の旅に出ようと思いまして」
「そうですか……お気をつけて」
「ええ、ダルエスさんもお元気で。……ん?」
クライスが何かに感づいた。ダルエス卿もそっちを見る。
来客の誰もが笑みを浮かべる中、一人だけ苦虫を噛み潰したような表情の貴族がいた。
「くそっ……せっかくダークエルフを雇ったのに……なんでこうなる!」
貴族はひとり悪態をつき、その場を後にした。
「……あれが、大臣のライバルのラディアス・ドリッチェです」
ダルエス卿が耳打ちする。
「あれが……どうやら今回の黒幕はやはり彼だったようですね」
「えぇ……まぁ、証拠がないですからどうしようもありませんが」
「……まぁ、こうして結婚式が行われた以上、彼ももうルイーダさんを狙うことはないでしょう」
「そうですね」

「これからどうするんだ、クライス?」
酒場で旅支度を整えたフォリアスが尋ねる。
「北へ、行こうかと思っています」
「北……ドレックノールか。危険だぜ、この先は」
「えぇ、分かっています」
「まぁ、あたし達がついてるしな、大丈夫だろ」
横からヴァーフが首を突っ込む。
「……まぁ、そうですね」
クライスは微笑んだ。
「では、参りましょうか、皆さん」
「「「「「おぅ!」」」」」
一行は酒場を出た。空には初夏の太陽。
彼らの旅は、まだまだ果てしなく続いていく。

-To be continued...-