「……妖夢、時間は?」 「……あと、二十分ほどです」 「そう……」 幽々子陣営の控え室。 部屋には当の幽々子のほか、護衛役である妖夢が傍に付き従い、 さらに橙・藍・紫の八雲一家も激励に訪れていた。 だが、決戦の時が近付くにつれ、いつしか皆の口数は減っていき、 今や、どことなく重い空気の中で、その時が来るのをただ待っているばかりだった。 (……ふぅ) 幽々子は、じっとこれまでの勝負を思い返していた。 ―紅き吸血鬼との、激闘。 ――大切な従者との、辛く厳しい勝負、そして劇的な引き分け。 ―――黒幕を名乗る冬の精を間に加えての、従者との再戦。 ――――そして、激戦の末にあの紅白巫女に果たしたリベンジ。 そのいずれも、決して楽な戦いではなかった。 むしろ、いつ負けていてもおかしくない、苦しいものばかりであった。 特に、今も目の前にいる半人半幽の少女との2度に及んだ激闘は、 今でも極々わずかではあるが、2人の関係に軋みを生じさせていた。 (いったい、何だったのかしらね……この大会は) と。 おもむろにドアがノックされる。 「? どうぞ?」 ガチャリ……ドアが開いて、 「失礼するわ、西行寺幽々子さん」 姿を見せたのは――ここまでに倒してきた相手の一人、レミリア・スカーレットであった。 傍には咲夜が付き添っている。 「あら、これはこれは、紅き悪魔さん。お友達のところにいなくて良いのかしら?」 「パチェとは後で話すわ。友人として、パチェに代わって貴方にご挨拶に来たのよ」 「あら、それはまたご丁寧なことで」 「……なんて。挨拶っていうのも目的の一つだけど、 個人的に貴方に言っておきたいことがあってね」 「……? 何かしら?」 「頑張りなさい。私や霊夢に勝ってきた以上、パチェ相手とはいえ無様な負け方したら許さないわ。 ……それだけよ」 「……えぇ、言われるまでもないわ。 ここまで来たんですもの。勝っても負けても終わりなら、勝ちに行くわ」 「……そう」 レミリアはクスッと笑みを浮かべ、 「では、お互い良い勝負を」 「こちらこそ」 幽々子と握手を交わした。 「あれ? 霊夢?」 レミリアが帰ろうとドアを開けると、霊夢が立っていた。 「あ、レミリアに咲夜、来てたんだ」 「ええ、ちょっとね。でももう、用事は終わったから」 「そう。じゃ、また後で観客席でね」 「ええ、それじゃ」 帰っていくレミリアたちと入れ違いに、霊夢が控え室に入ってくる。 「どう、調子は?」 「あなたも激励?」 「ま、そんなところね。魔理沙はパチュリーの方に行っちゃったし、 私だけでもこっちに来ないと誰も激励してくれないんじゃないか、と思って」 「あら、お生憎さまね。見ての通り、結構人気あるみたいよ、私」 「それは分かってるわ。でなきゃ、あんたに負けた私が報われないじゃないの」 「あら、まだ根に持ってるのかしら?」 「……まあ、全然悔しくない、と言えば嘘になるわね。もう一息だったし。 けど、勝負ってのはたまに負けるから面白いのよ。 ずっと勝ってばっかりでも、つまんないわ」 「……勝つばっかりでもつまらない、か……ふふ、その通りかもしれないわね」 「だからって、ここで負けてもらっても困るんだけど?」 不意に、別の声。 見ると、いつの間にか、ドアのところにレティが姿を見せていた。 「……あなたも激励かしら?」 「まあね。黒幕たる私に勝ったからには、優勝してもらいたいし」 「……そう」 それだけ言って、目を閉じる。 (……ふふ、この期に及んで変に迷ってた自分が、バカみたいね。 とにかく今は、応援してくれてるこの娘たちの分も、この1戦をしっかり戦わないとね) 幽々子は、自分の中の迷いが断ち切れたのを感じた。 「霊夢、レティ、ありがとう。貴方達のおかげで、この勝負、すっきりと戦えそうよ」 二人に向かい、笑いかける。 「……そ、そう、そりゃ良かったわ」 「……激励に来た甲斐があったみたいね、うふふ」 思いがけず真っ向から礼を言われ、微妙に照れる二人であった。 「……幽々子様、そろそろ入場のお時間です」 「……そう。それじゃ、行くわね」 「しっかりやりなさいよ」 「黒幕として、この勝負最後まで見守らせてもらうわね」 「頑張ってね、幽々子」 「紫様ともども、応援しております」 「頑張れ〜!」 それぞれの声援を受けつつ、廊下から、対戦ステージへ向かって歩き始める幽々子。 と、その背後で。 「……幽々子様!」 ひときわ大きな声がした。妖夢だ。 「……どうしたの、妖夢?」 「……あの……、私も精一杯応援いたします、 だから、幽々子様も……精一杯頑張ってくださいっ!!」 「……」 その大きな声に一瞬あっけに取られた幽々子だったが、すぐににこっと微笑んで、 「分かってるわ。 ……それより、妖夢」 「はい?」 「打ち上げの酒宴の支度、忘れないようにね」 「……みょん」 「うふふ……それじゃあ、行ってくるわね」 「はい、行ってらっしゃいませ!応援席で見守っていますからっ!」 すっかり元気を取り戻した妖夢の声援を背に受け、幽々子は通路を進む。 薄暗い通路の先が、少しずつ明るくなってきた。応援の声が、聞こえる。 懐から、愛用の扇を取り出した。 「さて、最後の一花、咲かせましょうか」 ―― 西行寺 幽々子、入場。 |