【第1回東方最萌決勝・入場SS 〜 幽々子SIDE】
(初出:東方シリーズ板「東方最萌トーナメント 九本目」 368〜)

「……妖夢、時間は?」
「……あと、二十分ほどです」
「そう……」

 幽々子陣営の控え室。
部屋には当の幽々子のほか、護衛役である妖夢が傍に付き従い、
さらに橙・藍・紫の八雲一家も激励に訪れていた。
だが、決戦の時が近付くにつれ、いつしか皆の口数は減っていき、
今や、どことなく重い空気の中で、その時が来るのをただ待っているばかりだった。

(……ふぅ)
幽々子は、じっとこれまでの勝負を思い返していた。
―紅き吸血鬼との、激闘。
――大切な従者との、辛く厳しい勝負、そして劇的な引き分け。
―――黒幕を名乗る冬の精を間に加えての、従者との再戦。
――――そして、激戦の末にあの紅白巫女に果たしたリベンジ。
そのいずれも、決して楽な戦いではなかった。
むしろ、いつ負けていてもおかしくない、苦しいものばかりであった。
特に、今も目の前にいる半人半幽の少女との2度に及んだ激闘は、
今でも極々わずかではあるが、2人の関係に軋みを生じさせていた。
(いったい、何だったのかしらね……この大会は)

 と。
おもむろにドアがノックされる。
「? どうぞ?」
ガチャリ……ドアが開いて、
「失礼するわ、西行寺幽々子さん」
姿を見せたのは――ここまでに倒してきた相手の一人、レミリア・スカーレットであった。
傍には咲夜が付き添っている。
「あら、これはこれは、紅き悪魔さん。お友達のところにいなくて良いのかしら?」
「パチェとは後で話すわ。友人として、パチェに代わって貴方にご挨拶に来たのよ」
「あら、それはまたご丁寧なことで」
「……なんて。挨拶っていうのも目的の一つだけど、
 個人的に貴方に言っておきたいことがあってね」
「……? 何かしら?」
「頑張りなさい。私や霊夢に勝ってきた以上、パチェ相手とはいえ無様な負け方したら許さないわ。
 ……それだけよ」
「……えぇ、言われるまでもないわ。
 ここまで来たんですもの。勝っても負けても終わりなら、勝ちに行くわ」
「……そう」
レミリアはクスッと笑みを浮かべ、
「では、お互い良い勝負を」
「こちらこそ」
幽々子と握手を交わした。



「あれ? 霊夢?」
レミリアが帰ろうとドアを開けると、霊夢が立っていた。
「あ、レミリアに咲夜、来てたんだ」
「ええ、ちょっとね。でももう、用事は終わったから」
「そう。じゃ、また後で観客席でね」
「ええ、それじゃ」
帰っていくレミリアたちと入れ違いに、霊夢が控え室に入ってくる。
「どう、調子は?」
「あなたも激励?」
「ま、そんなところね。魔理沙はパチュリーの方に行っちゃったし、
 私だけでもこっちに来ないと誰も激励してくれないんじゃないか、と思って」
「あら、お生憎さまね。見ての通り、結構人気あるみたいよ、私」
「それは分かってるわ。でなきゃ、あんたに負けた私が報われないじゃないの」
「あら、まだ根に持ってるのかしら?」
「……まあ、全然悔しくない、と言えば嘘になるわね。もう一息だったし。
 けど、勝負ってのはたまに負けるから面白いのよ。
 ずっと勝ってばっかりでも、つまんないわ」
「……勝つばっかりでもつまらない、か……ふふ、その通りかもしれないわね」

「だからって、ここで負けてもらっても困るんだけど?」

 不意に、別の声。
見ると、いつの間にか、ドアのところにレティが姿を見せていた。
「……あなたも激励かしら?」
「まあね。黒幕たる私に勝ったからには、優勝してもらいたいし」
「……そう」
それだけ言って、目を閉じる。
(……ふふ、この期に及んで変に迷ってた自分が、バカみたいね。
 とにかく今は、応援してくれてるこの娘たちの分も、この1戦をしっかり戦わないとね)
幽々子は、自分の中の迷いが断ち切れたのを感じた。
「霊夢、レティ、ありがとう。貴方達のおかげで、この勝負、すっきりと戦えそうよ」
二人に向かい、笑いかける。
「……そ、そう、そりゃ良かったわ」
「……激励に来た甲斐があったみたいね、うふふ」
思いがけず真っ向から礼を言われ、微妙に照れる二人であった。



「……幽々子様、そろそろ入場のお時間です」
「……そう。それじゃ、行くわね」
「しっかりやりなさいよ」
「黒幕として、この勝負最後まで見守らせてもらうわね」
「頑張ってね、幽々子」
「紫様ともども、応援しております」
「頑張れ〜!」
それぞれの声援を受けつつ、廊下から、対戦ステージへ向かって歩き始める幽々子。
と、その背後で。
「……幽々子様!」
ひときわ大きな声がした。妖夢だ。
「……どうしたの、妖夢?」
「……あの……、私も精一杯応援いたします、
 だから、幽々子様も……精一杯頑張ってくださいっ!!」
「……」
その大きな声に一瞬あっけに取られた幽々子だったが、すぐににこっと微笑んで、
「分かってるわ。 ……それより、妖夢」
「はい?」
「打ち上げの酒宴の支度、忘れないようにね」
「……みょん」
「うふふ……それじゃあ、行ってくるわね」
「はい、行ってらっしゃいませ!応援席で見守っていますからっ!」
すっかり元気を取り戻した妖夢の声援を背に受け、幽々子は通路を進む。

薄暗い通路の先が、少しずつ明るくなってきた。応援の声が、聞こえる。
懐から、愛用の扇を取り出した。
「さて、最後の一花、咲かせましょうか」


―― 西行寺 幽々子、入場。