「橙、いよいよだな」 「はい!もう待ちくたびれちゃいましたよ〜」 ステージに通じる通路。 今まさに戦いに挑まんとする橙の傍には、見送りにきた藍の姿。 「まったく、紫様は自分の試合が終わって以降、姿もお見せにならない。 せめて橙の見送りにくらい現れても良いのに」 「きっと……私と藍さまに、気を利かせてくれたんじゃないですか?」 「気を、ねぇ……だと、いいんだが。 で、橙」 「はい?」 「大丈夫か?怖くは、ないか?」 「え?どうしてですか??」 「相手は……まがりなりにも、魔界の神、だぞ」 「ん〜、私はあんまり魔界は詳しくないから、 神様、って言われてもあんまりぴんとこないです〜。 それに……見た感じですけど、あの人よりも紫さまのほうがよっぽど強そうです」 「……くくくっ、それは確かにそうかもしれないな」 「ねぇ、藍さま」 「なんだ?」 「もし、勝てたら……褒めて、くれますか?」 「……あぁ、勿論だとも。 そりゃもう、思いっきりぎゅーっとしてなでなでしてやるとも!」 「本当ですか!?よ〜し、張り切ってがんばっちゃおーっと! それじゃ藍さま、行ってきますねーっ!」 「あぁ、頑張ってこい、橙!」 飛翔韋駄天よろしく、ステージ目指して駆け出す橙。 その後ろ姿を見ながら、藍は、 (あぁーもーぅ、かわいいなぁー橙はーーー!!) などと心の中で絶叫し、悶えていた。 橙も、藍も、気付いていなかった。 自分たちの後ろの空間、微かに開いたスキマから覗いていた視線に。 「橙ちゃん……しっかりやりなさいな」 「懐かしいわね……この、外界の、感覚」 通路からステージを見やりながら、神綺は呟いた。 かつて、思いもよらぬ侵入者によって、魔界が未曾有の大打撃を受けてから。 神綺は、そして魔界は、一旦、表の世界との接触をすっぱりと絶ち。 以降しばしの間、魔界は少々寂しくはなったが、徐々に平穏を取り戻してきていた。 そう、あの日……一人の魔法使いが、突如、表の世界へ飛び出していくまでは。 「本当、久しいわね……アリス」 後ろに立つ気配に向けて、神綺はそう呟いた。 「神綺……さま」 「まったく、あなたも昔から心配ばかりかける子よね。 どうなの?こっちでの暮らしは」 「あの……私、は、その」 「……何を恐れているのか知らないけれど。 私は別にあなたが出て行ったことを怒ってはいないわよ? そりゃ、出て行ったと聞いたときはびっくりもしたけど。 でも、あなたが決めたことなら、好きにすればいいと思ってるの。 ……けどね、アリス」 「……?」 「たまには……魔界にも、顔を出しなさいな。 ユキもマイも夢子も、みんな心配してるんだからね、あなたのことは」 「神綺……さま……」 「もう一度聞くわ。こっちでの暮らしは、順調なの?」 「……えぇ。いろいろ騒がしいですけど、楽しく、やっています」 「……そう。それなら、いいの。 さて、私はそろそろ行くわね。たまには魔界の神として、存在感を示してこないと」 「あの」 「……何かしら?」 「ご武運を、お祈りしています……神綺さま」 「……ありがとう」 背を向けたままでそう答え、神綺はゆっくりステージへと歩を進めていった。 残されたアリスも、身を翻し、観客席へ向けて歩き始めた。 この大会が終わったら、1度帰ってみるのもいいかもしれない。そう思いながら。 |