藤原妹紅の、控え室。 「妹紅」 「……慧音か、どしたの?」 「いや、まぁ、様子を見にきたんだが。 その様子じゃ問題はなさそうだな」 「まあ、一応調子は万全よ。 あとは、悪霊さんとやらにどれだけ通用するか、ね」 「……いつも言っているが、無茶は、するなよ?」 「あーはいはい、分かってますって」 いつものこと、と、忠告を軽く受け流す妹紅。 いつもなら「まったく……」などと言いつつ、ここで慧音も矛を収めるところだ。 ……が、今日の慧音の反応は、違った。 「……分かってないだろう!いつもいつも、ボロボロになって帰ってきて……! 私がいつもどれだけ心配していると思ってるんだ!」 「ちょ、ちょっと、慧音、落ち着いてっ」 「あ……すまない、つい取り乱した」 「うぅん……確かにいつも心配かけっぱなしだもんね。ごめん」 そのまま、控え室に沈黙が訪れる。 沈黙を破ったのは、思いがけない人物だった。 「……まったく、人が折角来てみれば、何よこのお通夜みたいな雰囲気は」 「……輝夜っ……!」 「貴様、何をしに来た!? 妹紅はこれから試合なんだ、お前の遊びの相手になら私がなる!」 「……何を勝手に勘違いしてるんだか。今日はそのつもりはないわよ。 ただ一言伝えに来ただけ。終わったら帰るわよ」 「一言、ですって……?」 「一回しか、言わないわよ? 絶対に、勝ちなさい。 私は早々に負けちゃったから、知り合いの応援しかできなくて退屈なの。 これ以上、数少ない楽しみを奪わないでちょうだい」 「……輝夜、あんた……」 「話はそれだけ。邪魔したわ、それじゃ」 「……待ちなさい!」 「……何よ?」 「その。…………ありがとう」 消え入りそうな声ではあったが、妹紅は呟いた。 「……その台詞は、あんたがこの試合勝つまで取っておくわ。 だから……期待してるわ、妹紅」 それだけ言って、輝夜は去っていった。 「……」 「……妹紅」 「……分かってる。まさか、あいつにまで期待されるなんてね……。 こりゃいよいよもって負けられないわ。 慧音、やっぱりちょっと無茶しちゃうかもしれないけど、許して?」 「……はぁ、やれやれ。言ってもどうせ聞かないんだろうしな。 せめて、程々にな?」 「了解。っと、もうこんな時間。そろそろ行くわ」 「ああ――私も、期待しているからな、妹紅」 慧音に見送られて、妹紅はステージへの通路を歩き始めた。 「さぁて、不死鳥の戦い、とくと目に焼き付けてあげるよ、悪霊め!」 魅魔の、控え室。 「……どれ、もう少しかねぇ」 時計を見て、魅魔は呟いた。 と。ドアがノックされ、 「魅魔様、入るぜー」 見慣れた愛弟子……魔理沙が入ってきた。 「魔理沙、来てくれたのかい」 「さすがに師匠を見送りに来ないほど薄情な弟子じゃないぜ、私は。 で、調子はどうなんだ?勝てそうか?」 当然、力強い返事が返ってくるものと思っていた魔理沙。 ……だが。魅魔の反応は意外だった。 「……どうだろうね、私も第一線を退いて久しいからねぇ。 昔のように戦えれば大丈夫だろうけど、そううまくいくかどうか」 珍しく物憂げな表情で語る魅魔。 魔理沙は予想外のことに驚き、慌てた。 「ちょ、しっかりしてくれよ魅魔様、そんな弱気な表情は似合わないぜ」 「……」 「魅魔様にはさ、こう、もっとどーんっと構えていてほしいんだよ。 前の大会の時だって、そうだっただろ?」 「……」 「最初の試合でも……私との、試合でも、魅魔様はいつも堂々としてた。 弱気な魅魔様なんて、見たくないぜ、私は……」 「……」 「だからさ、なぁ……元気出してくれよ、魅魔様ぁ……」 魔理沙の声にも元気がなくなっていく。 そのまま、沈黙が流れるかと思われた、そのとき。 「……っく」 「え?」 「……くっくっくっ、あーはっはっはっは!」 「魅魔、様……?」 「あー、笑った笑った、面白かった。 こうもあっさり引っかかってくれると騙した甲斐があるよ、魔理沙」 「……っな!?さっきのは嘘だったのか!?」 「当たり前だろう?腐ってもあんたの師匠だよ? 幾ら第一線を退いたといっても、戦いの前に弱気になるほど落ちちゃいないよ」 「……ちぇっ、一本取られたぜ」 「あはは、ごめんねぇ魔理沙。 でもまぁ、それだけ強く慕ってもらえて、嬉しいよ。これは本当」 「……まぁ、私だって、腐っても魅魔様の一番弟子、だからな」 「こらこら、あんたはまだ腐るには百年早い。 ……っと、いけない、もう時間だよ。それじゃ、魔理沙」 ステージへ向かうべく、控え室の扉を開く魅魔。 その背中へ向けて。 「あぁ、応援してるぜ、魅魔様!」 魔理沙は、精一杯の声援を送った。 「さぁ、古の祟り神の力、とくと思い知らせてあげるよ、蓬莱人!」 |