【最萌1周年記念SS「Past and Future」】
(初出:東方シリーズ板「東方最萌トーナメント 十本目」 558〜)

 僅かばかりの人間と多数の妖怪が暮らす世界、幻想郷。
その一角に、その世界には余りにも不釣合いな、近代的建造物がある。
一見、闘技場のような佇まいのその建物。
かつて開催された一つのイベントが、その建物のできるきっかけであった。

 『幻想郷の猛者を一同に集めての、1ヶ月にわたる大トーナメント』

 その年の長かった冬が終わりを迎えた頃、誰からともなく提案されたその企画。
当初は実現は不可能ではないかと言われていたが、
お祭り好きな幻想郷の住人たちの尽力によって、
秋が深まる頃、プロジェクトはついに実行へと移された。
お祭り騒ぎの中で始まったそのトーナメントは、
数々の名勝負を生み出しながら、1ヶ月という期間を一気に走り抜け、
大盛況のまま、冥界の嬢の優勝、という形で終幕を迎えた。
その激闘の数々は『最萌トーナメント』として住人たちに鮮烈な記憶を残し、
そしてその闘いのあった場所は『最萌トーナメント記念会場』と呼ばれ、
当時の熱気の語り部として今なおそこに佇んでいる。

 そして、現在。
その建物――最萌トーナメント記念会場の前に、一人の少女が立っている。
白と黒を基調としたドレスを纏い、片手に箒、頭にはトレードマークの黒いとんがり帽子。
最萌トーナメント参加者の一人、『普通の魔法使い』こと霧雨魔理沙その人である。
「やれやれ……ここは相変わらず静かだな」



「何やってんのよ、こんな所で」
不意に後ろからかかった声に振り向く魔理沙。
誰も、いない。
ゆっくりと、空の方へと視線を上げる。
ふわふわと中空に浮かぶ、見知った紅白巫女―――博麗霊夢の姿があった。
「よう、お前がこんなところに来るとは珍しいな」
「結界の見回りしてたらあんたを見かけただけよ。この辺は大結界の近くだし」
言いながら地上に降り立つ霊夢。
「で?あんたは何でこんなところにいるのよ?」
「ん?いやなに、感傷に浸ってただけだぜ」
「何よそれ、似合わないわね」
「そいつは酷いぜ」
苦笑いを浮かべてから魔理沙は続ける。
「覚えてるか霊夢?あのトーナメントが終わってから……今日でちょうど1年だぜ」
「へぇ……すっかり忘れてたわ、そんなこと。よく覚えてたわね」
「ん、まぁ、実はちょうど半年前にも同じようなきっかけでここに来てな。
 今回もなんとなく足が向いたんだよ」
「ふーん……1年、か。あっという間よね」
「全くだな」
しばし、眼前にそびえる会場を見上げる2人。

「そういえば、聞いたか?」
「何をよ?」
「噂だよ、第2回の」
「第2回?……あぁ、そういえばレミリア辺りがそんなこと言ってたような」
そう、秋の初め、満月が幻想郷に取り戻された頃から、
どこからともなく「第2回が計画中らしい」という話が広まり始めていた。
全く信憑性の無いデマ、というわけでもないらしく、
実際、記念会場内の一室で開催へ向けての合議が何度か持たれている、という。
「第2回、ねぇ。どうなるのかしら」
「さぁな。でも、前回以上に賑やかな騒ぎになりそうだぜ。
 今度は永遠亭の奴らとかも出てくるだろうしな」
例の月の一件以降、竹林の館『永遠亭』にひっそり隠れ住んでいた月人たちも、
幻想郷の面々に迎え入れられた。
間違い無く、次は彼女らにも参加要請がいくことになるだろう。
「まったく、決勝まで厳しい闘いになりそうだぜ」
「あら、もう決勝まで行く気なの、ベスト8さん?」
「うるさいベスト4、やるなら目指すは頂点、が私のポリシーだぜ」
「言うじゃない……そんなに自信があるなら、今ここで腕試ししてみる?」
「前哨戦か、望むところだぜ!」
2人は地を蹴り、空へと舞う。
そして、護符と魔力弾が幻想郷の空を彩った。



 しばし、互いに1歩も引かない撃ち合いが続いた後、
「きゃぁ!」
「うわっ!」
同時に被弾。
バランスを立て直しながら着地する。
「……引き分け、ね」
「おいおい、私の方がコンマ1秒被弾が遅かったぜ」
「いつからあんたの目にはスロー再生機能がついたのよ……」
「たった今、だぜ」
「やれやれ、ね……」
戦い終わって、互いの間に和やかな空気が流れる。
「……なぁ」
「何?」
「次の大会では……やれるかな、お前と。こんな風にさ」
「……さぁ、どうかしら。組み合わせの運と、後は私と魔理沙次第でしょ」
「そうだな……まぁ、今の勝負の決着は、その時まで取っておくとするぜ」
「そんなこと言って、初戦で足元すくわれないようにね」
「それはお互い様、だぜ」
ふふっ、と笑う2人。
そんな2人の周囲を、爽やかな秋の風が吹き抜けていった。

 今日も変わらず幻想郷の一角に静かに佇む、最萌記念会場。
ここが再び喧騒に包まれる日も、そう遠くはないのかもしれない。