僅かばかりの人間と多数の妖怪が暮らす世界、幻想郷。 その一角に、その世界には余りにも不釣合いな、近代的建造物がある。 一見、闘技場のような佇まいのその建物。 かつて開催された一つのイベントが、その建物のできるきっかけであった。 『幻想郷の猛者を一同に集めての、1ヶ月にわたる大トーナメント』 その年の長かった冬が終わりを迎えた頃、誰からともなく提案されたその企画。 当初は実現は不可能ではないかと言われていたが、 お祭り好きな幻想郷の住人たちの尽力によって、 秋が深まる頃、プロジェクトはついに実行へと移された。 お祭り騒ぎの中で始まったそのトーナメントは、 数々の名勝負を生み出しながら、1ヶ月という期間を一気に走り抜け、 大盛況のまま、冥界の嬢の優勝、という形で終幕を迎えた。 その激闘の数々は『最萌トーナメント』として住人たちに鮮烈な記憶を残し、 そしてその闘いのあった場所は『最萌トーナメント記念会場』と呼ばれ、 当時の熱気の語り部として今なおそこに佇んでいる。 そして、現在。 その建物――最萌トーナメント記念会場の前に、一人の少女が立っている。 白と黒を基調としたドレスを纏い、片手に箒、頭にはトレードマークの黒いとんがり帽子。 最萌トーナメント参加者の一人、『普通の魔法使い』こと霧雨魔理沙その人である。 「やれやれ……ここは相変わらず静かだな」 「何やってんのよ、こんな所で」 不意に後ろからかかった声に振り向く魔理沙。 誰も、いない。 ゆっくりと、空の方へと視線を上げる。 ふわふわと中空に浮かぶ、見知った紅白巫女―――博麗霊夢の姿があった。 「よう、お前がこんなところに来るとは珍しいな」 「結界の見回りしてたらあんたを見かけただけよ。この辺は大結界の近くだし」 言いながら地上に降り立つ霊夢。 「で?あんたは何でこんなところにいるのよ?」 「ん?いやなに、感傷に浸ってただけだぜ」 「何よそれ、似合わないわね」 「そいつは酷いぜ」 苦笑いを浮かべてから魔理沙は続ける。 「覚えてるか霊夢?あのトーナメントが終わってから……今日でちょうど1年だぜ」 「へぇ……すっかり忘れてたわ、そんなこと。よく覚えてたわね」 「ん、まぁ、実はちょうど半年前にも同じようなきっかけでここに来てな。 今回もなんとなく足が向いたんだよ」 「ふーん……1年、か。あっという間よね」 「全くだな」 しばし、眼前にそびえる会場を見上げる2人。 「そういえば、聞いたか?」 「何をよ?」 「噂だよ、第2回の」 「第2回?……あぁ、そういえばレミリア辺りがそんなこと言ってたような」 そう、秋の初め、満月が幻想郷に取り戻された頃から、 どこからともなく「第2回が計画中らしい」という話が広まり始めていた。 全く信憑性の無いデマ、というわけでもないらしく、 実際、記念会場内の一室で開催へ向けての合議が何度か持たれている、という。 「第2回、ねぇ。どうなるのかしら」 「さぁな。でも、前回以上に賑やかな騒ぎになりそうだぜ。 今度は永遠亭の奴らとかも出てくるだろうしな」 例の月の一件以降、竹林の館『永遠亭』にひっそり隠れ住んでいた月人たちも、 幻想郷の面々に迎え入れられた。 間違い無く、次は彼女らにも参加要請がいくことになるだろう。 「まったく、決勝まで厳しい闘いになりそうだぜ」 「あら、もう決勝まで行く気なの、ベスト8さん?」 「うるさいベスト4、やるなら目指すは頂点、が私のポリシーだぜ」 「言うじゃない……そんなに自信があるなら、今ここで腕試ししてみる?」 「前哨戦か、望むところだぜ!」 2人は地を蹴り、空へと舞う。 そして、護符と魔力弾が幻想郷の空を彩った。 しばし、互いに1歩も引かない撃ち合いが続いた後、 「きゃぁ!」 「うわっ!」 同時に被弾。 バランスを立て直しながら着地する。 「……引き分け、ね」 「おいおい、私の方がコンマ1秒被弾が遅かったぜ」 「いつからあんたの目にはスロー再生機能がついたのよ……」 「たった今、だぜ」 「やれやれ、ね……」 戦い終わって、互いの間に和やかな空気が流れる。 「……なぁ」 「何?」 「次の大会では……やれるかな、お前と。こんな風にさ」 「……さぁ、どうかしら。組み合わせの運と、後は私と魔理沙次第でしょ」 「そうだな……まぁ、今の勝負の決着は、その時まで取っておくとするぜ」 「そんなこと言って、初戦で足元すくわれないようにね」 「それはお互い様、だぜ」 ふふっ、と笑う2人。 そんな2人の周囲を、爽やかな秋の風が吹き抜けていった。 今日も変わらず幻想郷の一角に静かに佇む、最萌記念会場。 ここが再び喧騒に包まれる日も、そう遠くはないのかもしれない。 |