【こたみか。】

 長引いた冬から、早くも季節は一巡り。
幻想郷には、再び冬が訪れていた。
連日のように降る雪は、山を、木々を、白く染め上げてゆく。
氷精浮かれ、冬の黒幕が暗躍する、そんなさなかの、ある日のこと。

 幻想郷、その一角において。
今、2人の少女が、睨み合うように対峙していた。
その間に流れるのは―――――殺気。
一触即発――そんな言葉が似合う空気の中で、2人は向かい合っていた。

 かたや、流れるような黒髪をもつ少女―――蓬莱山 輝夜(ほうらいさん かぐや)。
かたや、蒼白に光る長髪をもつ少女―――藤原妹紅(ふじわらの もこう)。
不老不死、という禁じられた能力を手にしてしまったがゆえ、
何十年、何百年という悠久の時間を生き、殺し合ってきた、因縁の2人。
そんな2人が同じ場所にいる―――ただそれだけで、
そこには息苦しいほどの殺気と重圧が生まれるのである。
無言で視線をぶつけ合う2人―――部屋はまさに、戦場の様相を呈していた。



 ただ一つ―――2人が1つのコタツに入っている、という事実を除けば。



「まったく、人が珍しく神社まで遊びに来てみれば、なんであんたまでここにいるのよ」
「それはこっちの台詞だよ。まったく、人がせっかくコタツであったまりに来たってのにさ」
悪態をつきながらコタツに包まり睨み合う2人。
その姿を見ただけで、先ほどの殺気が一転して微笑ましい雰囲気に映ってしまうから
シチュエーションというものは恐ろしい。
最も、当の2人はいつも通り殺伐としているつもりなのだが。

「……」
「……」
悪態もひと通りつき切ってしまって、無言でコタツに包まる2人。
外ではしんしんと雪が舞い、神社の境内もすっかり白く染まっている。
「……」
げし。
先に仕掛けたのは、輝夜だった。
コタツの中で、正面の妹紅の足めがけて蹴りを一撃。
「!」
無言のまま、ぎろり、と輝夜を睨みつける妹紅。
次の瞬間。
げし。
すかさず蹴り返す。
それが開戦の合図だった。
「……」
げしげし。
「…………」
げしげしげしげし。
一言も交わすことなくただひたすらに足を蹴飛ばしあう2人。
相対するその表情には笑みすら浮かんでいる。……もちろん青筋も浮かんでいるが。
げしげしげしげし。
どのくらいそんな不毛な戦いが続いたであろうか。
「……何やってんのよあんたらは」
静寂は家主の―――神社の巫女・霊夢の介入によって破られた。

「あんたたちねぇ……喧嘩するなら表出てやったらどうなの?」
「「嫌(よ・だね)」」
2人の声がハモる。
「なんでよ」
「「寒いから」」
またハモる。
たとえ不老不死でも、その背にフェニックス背負ってようとも、寒いものは寒いのである。
「はぁ……あんたたちって、こういうときだけは気が合うのね……。
 まぁとにかく大人しくしなさいよ。お茶淹れてきてあげたから」
言って、自らもコタツに入りつつ手に持った盆を台上に置く霊夢。
盆の上には湯飲みが3つと、みかんの乗った笊。
「……いただくわ」
「……いただきます」
「はいどうぞ」
2人が湯飲みを手にしたのを見て、霊夢も自分の湯飲みから茶を一口啜った。

 ぺりぺり。
「ん、結構おいしいわねこのみかん」
「でしょ? こないだ珍しく仕事が舞い込んできてね、その報酬だったのよ」
ぱく。
「へぇ、霊夢もちゃんと仕事することがあるのね。意外だわ」
「ちょっと輝夜、それどういう意味よ」
もぐもぐ。
コタツに包まりまったりとみかんを食べ続ける3人。
程なく、笊はあっさり空になってしまった。
「3人だとやっぱ無くなるの早いわねぇ……。
 ちょっと取ってくるから待ってて」
そう言い残して霊夢は席を立った。

「……」
残された輝夜と妹紅。再び場に沈黙が訪れる。
「……」
微妙なムードの中、互いに視線を逸らしつつ気だるげにまどろむ2人。
そんな折、ふと妹紅の目に止まったのは、先ほど食べていたみかんの―――皮。
その瞬間、妹紅の口の端が、にやり、と吊り上がる。
みかんの皮を手に持ち―――そして、
「うりゃ」
輝夜の目の前で―――握り締めるっ!
「!? ……〜〜〜〜〜っ!!!」
一瞬の間の後、苦悶の表情で目を押さえて突っ伏す輝夜。
してやったりの表情を浮かべる妹紅。
「〜〜〜……やったわね、このぉっ!」
涙目の輝夜もすかさず手元の皮を掴んで妹紅にやり返す。
「〜〜っ! なんの、負けるかっ!」
「まだまだよっ!」
再度始まった、不毛な争い。
お互い目を押さえながらみかんの皮を握り締め合う、という傍目から見れば奇妙な戦い。
いつもならとっくに弾幕ごっこに発展しているところだが、それが起こらないのは
ひとえに寒さとここの家主への恐れに拠る所が大きい。
「「こ〜れ〜でぇ〜〜〜っ……終わり(よ・だ)っ!」」
両者ともに目を押さえたまま、手を突き出そうとした、そのとき。
がらり。
「みかん取ってきたわよー」
「「!!??」」 家主の帰還に驚く2人。だが、手はもう止まらない。
そして。

 ぎゅむっ。

 2人は同時に皮を握り潰した。相手の―――そして霊夢の、目の前で。

「……」「……」
2人は恐る恐る、痛む目を、開ける。
潤む視界の向こうには、同じく潤んだ目をした先ほどまでの喧嘩相手と、そして。
「〜〜〜っ」
目を押さえた、最も敵に廻してはならない相手。
「「……あ……」」
2人の背中に一筋の嫌な汗が流れる。
そして、一瞬の間を置いた、次の瞬間。
「……あ〜ん〜た〜た〜ちぃ〜っ、ちょっとは大人しくしてなさ〜いっ!」
がこん、がこんっ!!
霊夢のカミナリが、2発、落ちた。



「はぁ、やれやれ」
頭にでっかいこぶを作って目を廻す2人を尻目に。
霊夢はひとり、みかんの皮を剥いて口に運んだ。