【第2回東方最萌 2回戦 宇佐見 蓮子 vs 紅 美鈴】
(初出:第2回東方最萌板「第2回東方最萌トーナメント 25本目」467〜469・470・474・476)

 しん、と静まり返った、控え室。
私――紅 美鈴は、その中で目を閉じて禅を組み、精神を集中していた。
全ての神経という神経、感覚という感覚を研ぎ澄ませる。
そうするうち、頭の中の霧が晴れ、冴え渡っていく感覚に捉われる。
私は、この感じに身を任せるのが、好きだった。

 どのくらい、そうしていただろう。
「……よし」
目を、開く。精神集中は、万全。
あとは、意を決して勝負に臨むのみ。
と。
「美鈴、調子はどう?」
扉を開いてメイド長――咲夜さんが入ってきた。
「咲夜さん、来てくださったんですか」
「まあね。流石に誰も見送りにこないなんてことになったら可哀想だし」
「そ、そんなぁ……」
脱力する私と、くすくすと笑う咲夜さん。
「お嬢様たちはどうされてますか?」
「一足先に観客席で待ってらっしゃるわ。
 喜びなさい美鈴、今日の一戦、紅魔館からの最後の登場者ってことで、
 館の皆で客席の最前列で応援することになったから」

 ……は?
今の咲夜さんの言葉の意味を、頭の中で噛み締める。
最前列での皆での応援、それはつまり、期待の大きさを表していることに他ならない。
自分にそれだけの期待がかかっていることは意外であり、嬉しくもあったが。
ということは、逆に言えば。
「……もし、無様な戦いでもしようものなら」
「……ナイフ100本じゃ済まないかもね」
平然と言う咲夜さんが、ちょっとだけ悪魔に思えた。



「さ、咲夜さ〜〜〜ん」
「冗談よ。まぁ、私はともかくお嬢様がどうされるかは別問題だけど。
 ……でも、大丈夫でしょ、いつものようにやれば」
「いつものように……ですか」
「そうよ。お嬢様が、あなたを門番にしているのはね。
 あなたの精神力を買ってのことなのよ?」
「そう、なんですか?」
「あら、虐めか何かだと思ってた?」
そんなことは……大雪の日なんかには少しだけ思ったりしたような気もする。
「……まぁ、もちろん、あなた自身の戦闘力が高いってこともあるけど。
 でも、門番っていうのはそれだけじゃだめ。常に不測の事態に備えなければならない。
 その点、あなたは気の使い手。精神面ではエキスパートだから。
 そこをお嬢様は買われているのよ」
「そうだったんですか……お嬢様は、そこまで考えて」
少しだけ、涙が出そうになった。
けれど、今は勝負の前、そこはこらえて。
「……負けられ、ないですね。今日は。
 そろそろ、時間ですね。行ってきます」
「えぇ、私もこれから客席に向かうわ。
 いい、平常心よ、美鈴」
「……はい」
私がそう答えたのを見届けると、咲夜さんは目の前からさっと姿を消した。
……相変わらず、鮮やかな去り際だ。
残された、私は。
「…………すぅー」
一つ大きく息を吸い込んで。
「…………はぁー」
吐き出す。深呼吸。
頭の中が再び冴え渡っていく。
「……よし」
準備は、万端。
私は控え室の扉を開き、通路を進んだ。



 戦いのステージに上る。少し早かったか、相手の姿はまだ見えない。
「美鈴ー!頑張れー!」
……妹様の声……!
私は声のした方向を振り向く。
そこには控え室で咲夜さんの言っていた通り、
紅魔館の皆――パチュリー様と小悪魔、咲夜さん、妹様、そして、お嬢様の、姿。
みんな、見てくれている。私の、戦いを。
ありがとう、の気持ちを込め、私は、
客席へ向けて、深々と頭を下げた。

 遠くから聞こえてきた足音に、振り向く。
対戦相手――帽子を被った少女が、ステージへ駆けてきていた。
時間は――まもなく試合開始のとき。
私は、侵入者を迎え撃つときのように――勝負の構えに、入った。
「さぁ、来なさい!紅魔の門番の実力、あなたに見せてあげる!」










 どうして、私たちはこんなところにいるのだろう。

 確か、サークル活動の一環として、メリーの言った『夢の世界』を見つけるために、
いつものようにメリーの能力で境界を探して、2人でどうにか暴いて。
そしたら、なんだか知らないけど、大きな闘技場みたいな建物の前に出て。
不思議なことに、私の力でも、自分がいる場所が分からなかったのよね。
で、ちょうど何かの大会のエントリー受付中だったみたいで、
その場にいた、人……だよね、アレは……うん。
まぁとにかく、そこにいた人に言われるまま、参加申込書にサインをしてしまったのだ。
ま、あのときは私もメリーも、「この世界のことを知るチャンス!」って
舞い上がっていたこともあるのだけれどね。

 で、肝心の「これは何の大会か」ということが、私たちには抜けていたわけで。
幸い、参加者ということで、大会中の寝食については保障がされていたので、
自分たちの番が来る前に、とりあえず他の勝負を見てみることにした。
幾つかの勝負を見るうち――私もメリーも、自分の浅はかさを呪うこととなった。
繰り広げられていたのは……格闘技とも球技とも違う、そう、
この世界の言葉で「弾幕ごっこ」というらしい勝負。
自由自在にステージ上の空間を飛び回りながら、ある者は不思議なお札を投げつけ、
またある者は色鮮やかな光線をその手から放ち、相手を攻撃する。
そして先に相手を撃ち落としたものが勝ち、というルール。
見ている分には、まるで……そう、シューティング・ゲームのような、
とても面白くはらはらする競技なのだけれど。
自分たちはこの大会に「参加者として」来てしまっているわけで。
そりゃ、私もメリーも普通の人間とはちょっと違うけれど、
少なくとも空は飛べないし、手から光線だって出せやしない。
ああもぅ、これでどうやって戦えというのか!

 ……とまぁ、そんなわけで。
「蓮子、もうすぐ出番が来ちゃうよ……どうするの?」
「どうする、ったって……こればっかりは私にも、ねぇ。
 今すぐ空が飛べるようになったりするわけもないし。
 ていうか、なんでこの世界の人たちはああも普通に飛んでるのよ……」
私たちは今、ステージへ続く通路で、二人して途方に暮れていた。



 と。
ビクッ、と、メリーの体が震えた。
「? どうしたの、メリー?」
「そ、そこ、境界が……ゆらいでる」
「え?」
メリーの指差す先を見るが、私の目には何かがあるようには見えない。
と、次の瞬間。
「お困りのようですわね」(にゅうっ)
「「きゃあぁぁぁぁっ!!??」」
いきなり目の前の空間から、人(多分)が現れた。
……ん、この人、確か、この前見た試合で……。
「あ、あの、あなたは、確か、この大会に参加してる人ですよね」
「はい、八雲紫と申しますわ」
目の前のその人――紫さんはにっこりと微笑んだ。
「あなた達のことは知っています。あなた達が外の世界から迷い込んだときから、ね。
 あなた達の悩みも、分かっています。戦う手段が欲しい、でしょう?」
「……あ、はい……」
全てを見透かしたような笑みの前に、メリーと二人、正直に頷く。
「ちょっと待っていなさいな。えぇと、多分あのお店になら、あるわよね……」
いきなり紫さんは目の前の空間を、切り裂くように開くと、
開いたスキマに手を突っ込んで、がさがさと何かを探り始めた。
……こっちに来てから驚きの連続なので慣れはしたが、それでも呆気に取られる。
「……あったあった。はい、これをお持ちなさいな」
そう言って紫さんが取り出したのは、2枚の……白い、カード。
一枚を私に、一枚をメリーに手渡し、紫さんは続ける。
「そのカードは『スペルカード』……弾幕ごっこの必需品よ」
「スペル、カード……」
「普通の人間が持っても、到底意味を為さないものだけど、
 あなた達はどうやら素質もありそうだし、大丈夫だと思うわ。
 本当なら、この白紙のカードに独自の術式を込めて、
 自分だけのカードを作ったりするところなんだけど、
 さすがに今はそんな時間もないし、これで我慢してちょうだい。
 さぁ、カードを持って、目を閉じてイメージなさい。空を自由に舞う、自分の姿を」
言われるままメリーと二人、目を閉じ、思い描く。
この大会の他の参加者と同じように。ステージ上を飛び回る、自分の姿を。
――――― ふわぁっ。
「……え?」
意外な感覚に、思わず目を開く。自分の体が、足が、宙に、浮いていた。
「れ、蓮子!浮いてる、浮いてるよぉっ!」
横を見ると、メリーもふわふわ浮かんでいた。私は驚いた表情で紫さんを見る。
「ふふ、うまくいったようね。じゃ、もう一度目を閉じて。
 イメージなさい、敵を射抜く光弾を放つ、自分の姿を」
言われるまま、空いている掌を上に向けて。
光弾が掌中に生成されるイメージを、浮かべる。
――――― ぽぅっ。
「……あ」
光を感じ、目を開く。目の前、掌の上には確かに、光の、弾が。
「凄い……これ、私が……?」
「えぇ。それは紛れもないあなたの力。カードはその手助けをしてるに過ぎませんわ」
にっこりと笑う紫さん。私とメリーは顔を見合わせて、そして、笑った。



「これであなたたちでも最低限の弾幕ごっこは出来るはずよ。
 まあ、あくまで、最低限、の保障しか出来ませんけど」
「十分です、ありがとうございます、紫さん」
「いえいえ。
 あ、でもそのカードは必要なくなったら返してちょうだいね。
 ……あの店主さんにばれる前にお返ししませんと、ね」
……何か微妙に不穏当な発言な気もしたが、とりあえず置いておこう。
「あ、蓮子、時間、急がないと」
「……っと、本当だ。じゃ、メリー、紫さん、行ってきます!」
「頑張ってね、蓮子」
「ご健闘をお祈りしていますわ」
片手に握っていたカードを、スカートのポケットに入れて。
2人に見送られ、私は通路を駆けた。

 ……蓮子が駆けていった後、通路に残された、2人。
「……紫さん」
「はい?」
「……どうして、私達に助けを?」
「……そうねぇ、興味があったから、じゃダメかしら?
 特に、あなたのその力――私に近いようだし、ね。ふふ」
「!?」
メリーが振り向いたとき、既にそこに紫の姿はなかった。空間にも綻びはない。
「八雲、紫……不思議な、人……」
メリーは一人、呟いた。

 暗い通路をしばらく駆けると、その先にステージが見えた。
勢いよくステージの上へ飛び出し、空を見上げる。
会場には屋根があるので普通なら分からないところだが、
今の自分には屋根の向こうの夜空さえも鮮やかに見ることができた。
「……23時59分、ジャスト!間に合った!」
目の前には……自分の対戦相手か、チャイナドレス風の衣装に身を包んだ女性。
ぶっつけ本番、自信は全然ないけど、やるしかない!
「お待たせしました!さぁ、始めましょう、弾幕ごっこを!」