「まったく、何でこんなことになったんだか……僕は戦いは苦手なんだがなぁ」 控え室にて、香霖堂の店主・森近霖之助は誰にともなく呟いた。 数日前、いきなり呼び出されて訳も分からぬまま「競え」と言われ。 大したこともしていないのになぜか「予選突破だ」と祝福され。 そして気がつけば、いつの間にかトーナメント表の一角に自分の名前が並んでいた。 「はぁー……ま、『これ』も持ってきたし、やるだけやるしかないか」 と、コンコンと、ドアのノックされる音。 「? はい、開いてますよ?」 がちゃり、とドアが開いて、顔を覗かせたのは。 「霖之助さん、調子はどう?」 「兎にやられる覚悟はできたかー?」 霊夢と、魔理沙だった。 「君たちか……見ての通りさ、未だに困惑中だよ」 「まぁ、予想はしてたけどな……香霖が戦うとこなんて想像も出来ないぜ」 「確かに、武闘派、って感じじゃないわよねぇ。 でも、意外とそういう人が戦うと強かったりして、ねぇ」 「はは、馬鹿言っちゃいけないぜ霊夢。だって、香霖だぞ?絶対ありえない。 第一、そんなに香霖が強かったら、私は魅魔様より先に香霖に弟子入りしてるぜ」 「……君たちは激励に来たのか馬鹿にしに来たのかどっちなんだ」 「「両方(ね・だな)」」 「……やれやれ、つきあってられないな。僕はもう行くぞ、時間だからな」 立ち上がり控え室を出ようとする霖之助。と、魔理沙が何かに気がついた。 「……ちょっと待て、香霖。その腰の剣、いつぞや私が恵んでやったやつか?」 「恵んでやった、とは随分な言い草だな。正当な対価だったはずだろう」 「まさかそれ使って戦う気か? 庭師じゃあるまいし、いくらボロとはいえ、素人にゃ真剣はヤバ過ぎるぜ」 「分かっている、こいつは持ってるだけだ。抜いて戦うような真似はしないさ。 僕にはあいにく剣術の心得はないし、ね」 「抜きもしない剣をわざわざ下げていくなんて、理解できないぜ」 「まぁ、言うなれば、お守り、だな。……せっかく魔理沙がくれた剣だし、な」 「な……ッ!おい、それはどういう……!」 「それじゃ、行ってくるよ」 意地の悪そうな笑みを浮かべて、部屋を出て行く霖之助。 後に残されたのは、 「……へぇ〜、あんたもなかなか隅に置けないわねぇ」 これまた意地の悪い笑みを浮かべる霊夢と、 「……う、うるさいっ!わ、私は、そんなっ……!」 顔を真っ赤にした魔理沙だけであった。 実際、霖之助の「お守り」という発言は、冗談でもなんでもない。 その剣――草薙の剣は、剣としては言うまでもなく絶大な力を持っているが、 それと同時に、持っているだけで持ち主を守り、その霊力を高める役割も果たしてくれる。 非力な霖之助にとっては、戦いとなるとこの剣の与えてくれる力だけが頼りなのだ。 もっとも、「魔理沙がくれた剣だし、な」という発言のほうは、 九分九厘が悪戯心からきた冗談であることは言うまでもない。 ……では、残りの、一厘は……?それを知るのは、霖之助ただ一人である。 「さて、それじゃ、行くとするか、兎狩りへ」 「ウドンゲ、準備はいいかしら?」 「はい、いつでもOKです」 ウドンゲこと、鈴仙の控え室。 「そういえば師匠、今日の私の相手って、男の人らしいですけど、 どんな人か、ご存知ですか?」 「んー、そうねぇ。霊夢や魔理沙に教えてもらってあの人の店に行ったことあるけど、 本好きの文化人、って感じで、あんまり戦い慣れはしていない風だったわ」 「……それはつまり、弱そう、ということですよね……ほっ……」 鈴仙は安堵の入った眼差しで永琳を見やる。当然だが、その目に狂気は込めていない。 「こらこらウドンゲ、いつも言ってるでしょ? 相手の力量を見た目で決めてかからないの。痛い目を見ることになるわよ?」 「ご、ごめんなさい」 「分かったなら、ほら、そろそろ時間よ。行ってらっしゃい」 「あ、本当だ……それじゃ、行ってきますね、師匠、姫」 「健闘を、祈っているわ」 「私の分も、任せたわよ、イナバ」 控え室を出てステージへ向かう鈴仙。と。 「……あら?てゐ?」 通路に、永遠亭の兎、因幡てゐの姿があった。 「控え室にいないからどこ行ったのかと思ってたけど。どうしたの?」 「……今はあんまりえーりんに会いたくないから」 「……次の、試合のこと?」 こくりと頷くてゐ。 「控え室にいると、ついそのこと考えちゃって、つらいから……。 でも、れーせんには、応援してるってこと、伝えたくて、 だから、ここで、待ってたの」 「てゐ……」 きゅっ、と鈴仙の胸が熱くなる。 次の瞬間、思わず、鈴仙はてゐの体を抱きしめていた。 「……ありがとうね、てゐ。私、頑張るから」 「うん、れーせん、勝ってね、絶対……。 ……そして、次は、わたしと……」 「え?」 「う、うーんっ、なんでもないのっ! それじゃ、応援席で見てるからねーっ!」 それだけ言って、てゐはさっと体を離すと通路を駆けていってしまった。 「ちょ、ちょっと、てゐー!? …………」 後に残された鈴仙は、今の一言を頭の中で反芻する。 私のこの耳がおかしくなっていなければ。 あの子は確か「次は、わたしと」と言った。 その意味するところは、つまり……今日、私が、勝って、 そして、明日……そういう、ことなのか? 「……あ、あはは、まさか、ねぇ。考えても仕方ないよね、うん」 とりあえず、そのことは脳内の隅のほうに追いやって。 ひとまずは、自分を応援してくれた、その事実に対して。 「……ありがとう、てゐ」 鈴仙は一人、つぶやいた。 「さぁて、哀れな店主さんに、月の狂気を見せてあげるとしましょうか」 |