【第2回東方最萌 決勝戦 十六夜 咲夜 vs 紅 美鈴 前編】
(初出:第2回東方最萌板「第2回東方最萌トーナメント 63本目」30・32・35・36・38・41・43〜45)

「the Last Judgement」

 23:50:00――観客席の、一角にて。
「いよいよ、決勝ですね、姫」
「そうね、永琳。ふふ、楽しみな、一戦だわ。
 長いと思っていた大会も、あっという間よね、こうしてみると」
「全くですね。毎日が、お祭り騒ぎで。久し振りに盛り上がりました……」
「ほんと、いいお祭りだったわ。それも今日で終わりと思うと、寂しいけど、ね」
「……祭りは、終わるからこそ、楽しいのですわ」
「……そうね、そういうものかも、しれないわね」

 と。
「姫ー!」
鈴仙とてゐが駆けてきた。……妹紅と慧音を連れて。
「えーりん、ひめ、2人を連れてきたよ」
「ご苦労様、てゐ」
「……で? 一体何なのよ、わざわざ呼びつけるなんて。何を企んでるの?」
妹紅は早くも臨戦態勢である。
「まぁまぁ、落ち着け、妹紅。 ……で、実際、何の用なんだ、輝夜よ?」
「別に。大した用があったわけじゃないわ。
 ただ、祭りを一緒に楽しむ人数は少しでも多いほうがいい、そう思っただけ。
 どうせあんたたち、2人だけで寂しく見る予定だったんでしょう?」
「……ふん、そんなの、大きなお世話だっての」
むっとした表情で悪態をつく妹紅。
……が、不意にその表情が、ふっ、と緩んだ。
「まぁ、いいや。祭りに免じて今日だけは一緒に観戦してやるよ、特別に」
そう言って妹紅は輝夜の隣に腰を下ろした。
と、輝夜が、盃を差し出した。
「さ、飲みなさいな。……毒なんか入ってないから」
「……」
黙って盃を受け取り、ぐっと飲み干す妹紅。
「ふん……いい、酒ね」
「それは何より」
ふふ、と笑みを交わす、輝夜と妹紅であった。

「……なんていうか、凄く珍しい光景ですね」
「ん、すごく、めずらしいの」
2人を眺めながら鈴仙とてゐが言う。
「また大会が終わったらいつもの2人に戻るわよ、心配しなくても」
「いやあの師匠、戻っちゃったら駄目なんじゃ……」
と、
「……永琳」
永琳に話しかける声は、慧音。
「……何かしら?」
「……ありがとう、な。妹紅の分も、礼を言う」
「……礼を言うのは、むしろこっちの方よ。姫の分も、ね」





 23:52:00――観客席の、別の一角にて。
「ゆ、幽々子さま〜……ご所望のお団子と桜餅、お持ちしました〜……」
大量の和菓子の箱を抱えて、妖夢がよろよろと幽々子のもとへと歩いてきた。
「お疲れ様、妖夢」
幽々子は妖夢にねぎらいの言葉をかけつつ、さっそく桜餅をひとつ手に取った。
「にしても、本当にこんなにお食べになられるんですか……?」
「そのつもりよ〜。大丈夫、美味しいお茶さえあれば、このくらいぺろり、よ」
「……はぁ」
「ゆっくりお茶とお菓子を味わいながら見る決勝……きっと素晴らしいわ」
「……あの、幽々子さま」
「? なに?」
「前回立っていたあの場に、立てぬこと……悔しくは、ありませんか?」
「……そうねぇ、悔しくないと言えば嘘になるかもしれないけど。
 でも、面白い勝負が、できたから。満足してるわ。
 それにほら、前に言われたじゃない、『勝負はたまに負けるから面白い』って」
そう言って、にっこりと笑う幽々子。
「……そうかも、しれないですね」
妖夢も、応じて穏やかな表情を浮かべる。
「さぁ、分かったなら妖夢も食べなさい」
そう言って幽々子は、団子をずずいっ、と差し出した。
「あ、いえ、私は」
「こらこら妖夢、こういう場は楽しんだ者勝ちよ?
 たまには肩の力を抜いて、祭りの最後を楽しみなさいな」
「……はい、分かりました」
団子を受け取ろうと、妖夢は手を伸ばした――が。
「では頂きますわ」
横から突如現れた手が、団子を掠め取った。
手を伸ばしたまま、一瞬フリーズする妖夢。
「……ゆ、紫様〜〜〜」
「うふふ、お邪魔するわね、妖夢、幽々子」
団子を手に、八雲紫が、スキマから姿を現した。
更にその後ろでは、
「ほら、橙、お団子と桜餅だぞ〜」
「わ〜い、ありがとうございます藍さま〜〜」
いつの間にやら藍と橙の式神主従が団子と桜餅を食べ始めていた。
「……うふふ、賑やかになったわねぇ。お団子と桜餅もこの人数ならあっという間ね。
 それじゃ妖夢、10箱ずつ追加よろしく〜」
「え〜、また行くんですかぁ……はぁ、分かりましたよ、もう。急いで行ってきますね」
妖夢は肩を落としつつ、通路へと小走りに駆けていった。
「……ま、こんなときくらいは、いいかな」
そう、呟いて。





 23:54:00――観客席の、また別の一角にて。
「ルーミア、あんた、どっちが勝つと思う?」
「んー、私はあのメイドさんかなぁ……ね、リグルは、どう思う?」
「わ、私? うーん、あの門番の人もなかなかやりそうな気がするけど」
「ふ、ふんっ、私はどっちが勝ったって構わないんだから!
 本当はあそこには私が立ってるはずだったのよ!
 こ、今回は、そうよ、舞台を譲ってやったのよ、あははっ!」
「「「ふーん……(じとー)」」」
「な、なによぅ」
「そーねー、チルノは強いわねー、ねールーミア」
「そーだねー、ねーリグル」
「うんうん、そーだねー」
「……きーっ、あんたらぜんぜん感情がこもってないわよー!!!」
客席で賑やかに談笑(?)する、ルーミアとチルノ、リグルとミスティア。

「チルノ……」
そんな4人を、少し離れたところから見つめる、レティ・ホワイトロックの姿。
その眼差しは――どことなく、物憂げ。
「あの、レティさん。ちょっと」
背後の声に振り向くと、大妖精と、リリーホワイトの姿。
「ん、あんたたちか。どしたの?」
「……レティさん。この試合、終わったら、行って、しまうんですね」
「……ふぅ、やっぱ、あんたにはばれちゃったか。
 まあ、もう3月も半ばだし、前みたく出ていけなくなっても困るからね。
 今からの決勝、せめてもの土産として目に焼き付けたら、私は行くよ。
 後のことは、リリー、あんたに任せる」
「レティさん……」
「そんな辛気臭い顔しないの。死ぬわけじゃなし、また時が来たら帰ってくるわよ。
 私が今気がかりなのは――チルノのことだけ。
 まぁ、今見る限りじゃ、私がいなくなっても大丈夫だとは思うけど、やっぱり、ね。
 だから2人とも、私が行ってから、チルノのこと、宜しく頼むわね」
そう言って笑うレティに、
「「……はい!!」」
リリーと大妖精は、笑顔で、応えた。





 23:55:00――観客席の、また別の一角にて。
「あと5分か……もうすぐだな」
「そうね……ってこらこら萃香、あんた始まる前から飲みすぎじゃないの?」
「え〜、いーじゃ〜〜〜ん、せっかくのお祭りなんだしぃ〜〜〜(ぐびぐび)」
「はぁ、あんたはもう……。
 ちょっと、霖之助さんも何か言ってあげてよ……って」
霊夢が見やった先には、こちらも早くも盃に酒を注ぐ霖之助の姿。
「悪いが、僕ももうお先に始めさせてもらっているよ。
 祭りは、楽しまなきゃ損だというものさ」
霊夢の冷たい視線を意にも介さず、優雅に盃を傾ける霖之助。……が。
「お〜、話がわかるなりんのすけ〜。ほら、もっと飲め飲め〜」
「わ、ちょ、さすがに1升瓶は(がぽっ)……ごぼがぼ、れ、霊夢、助け」
いつも以上にタチの悪くなった萃香に絡まれ、窮地に陥った霖之助を、
「ふん、いい気味よ。さっさと飲まれちゃいなさい!」
霊夢は、豪快に見放した。

 と、そこへ。
「待たせちゃったわね」
「おまたせ しました」(ぺこり)
上海人形を従えて、アリスがやってきた。
「あー? 別に待っちゃいないぜ、お前なんぞ」
「何よ、随分とご挨拶ね。いつぞやの水道水の恩、忘れたの?」
「そんな大昔のことは忘れたぜ」
「まだ1ヶ月も経ってないでしょうが……。
 そんなこと言う恩知らずには、これ、あげないわよ」
そう言ってアリスが取り出したのは、1本の酒瓶。
一目見て、魔理沙の目の色が、変わった。
「そ、それはもしかして、あれか!?
 あの銘酒『水道水』の中でも、最高級品といわれる……」
「その通り、『水道水 −カルキ抜き−』よ! 手に入れるの苦労したんだから」
「の、飲ませてくれ、頼む!」
「嫌よ、と言ったら?」
からかうような笑みを浮かべてアリスが言う。と、
「そのときは、仕方ないな……」
魔理沙は苦笑いを浮かべ、次の瞬間――、
「殺してでも、奪い取るぜっ!」
突如、アリスに襲い掛かった。がばぁっ、と。
「きゃ、な、何をするの魔理沙ーっ!」
ここに、1本の酒瓶をめぐり、肉弾戦(?)が、勃発した。

 酔っ払い2人と魔法使い2人の馬鹿騒ぎに、挟まれて。
「はぁ、もう……やれやれ、だわ。私も飲んじゃおっと」
ひとつ小さくため息をついて、霊夢は、盃をあおった。
「……さて、どうなるのかしらね、この大騒ぎの結末は」





 23:56:00――観客席の、また別の一角にて。
「ほらほら、パチュリー様、もうすぐ決勝始まっちゃいますよ!」
「ちょ、引っ張らないでー! 自分で歩けるわよー!」
小悪魔が、パチュリーを引きずるようにして、歩いてきた。
「あっ、おかえりー、2人ともー♪」
「随分と遅かったのね」
そこには、一足お先に優雅に構えているレミリアと、
そんなレミリアにじゃれついているフランドールの姿。
「すいませんお嬢様、お二人のところに激励に行っていたら、こんな時間に……」
「まったくもう……会場の端から端まで、結構あるのよ?
 だから私は二手に分かれて行こう、って言ったのに……」
「すいません、パチュリー様。でも、どちらも紅魔館にとって大切な人ですから、
 どっちかだけ、っていうのはしたくなかったんですよ」
「まぁ、その気持ちは分からなくもないけどね。でも、始まる前から疲れちゃったわ」
フランドールの頭を撫でているレミリアの隣に腰を下ろしながら、パチュリーは続ける。
「そういえばレミィ、あなた今回は、激励、行かなかったのね」
「どっちに行ったって、有り体の言葉しか言えそうにないし、ね。
 まさか両方に『勝て』とは言えないでしょ?
 それに、私が行くと戦う前から余計な気を使わせそうだしねぇ」
そこまで言って、くくっ、とレミリアは笑う。
「なるほどね……実はね、2人から、伝言を預かってきたのよ」
「へぇ? なんて?」
「それがねぇ……2人とも、一言一句、同じ言葉。
 『私の勝利を、楽しみにしていてください、お嬢様』ですって」
それを聞いて、さも愉快そうに、レミリアは笑みを浮かべた。
「くっくっくっ、そりゃ何とも愉快だね。面白い。
 いよいよもってこの一戦、楽しみになったよ。
 勝負が終わったら、思いっきりねぎらってあげないと、ね」
「そうしてあげなさいな。2人とも、それを望んでいるわ、きっと」
レミリアとパチュリーは、顔を見合わせて、微かな笑みを交わした。





 23:57:00――観客席の、また別の一角にて。
「やれやれ、この大会もこれで最後かい。また、寂しくなるねぇ」
「そうね……まあ、でも、久し振りに楽しい勝負ができたけど」
「確かに。ここ最近暇だったからね〜。いい刺激だったわ〜」
「……この大会、終わったら、また、私たちは暇になっちゃうのかねぇ」
「さぁ、ね。そうかも、しれないけど。
 でも、また、遊びたくなったらふらっと出て来たらいいじゃないの。
 私も、あなたたちも、ね」
「そうそう、別に、永遠の別れってわけでもないんだしさ」
「……そうだね。また、忘れられた頃におどかしてやるのも、いいかもしれないねぇ。
 ……最後の一戦、素晴らしいものにしとくれよ、悪魔の従者さんたち」

 23:57:20――観客席の、また別の一角にて。
「ねぇ、蓮子」
「なに、メリー」
「この大会、終わったら……どうするの?」
メリーの問いに、蓮子は帽子を目深に被り直して、答えた。
「……さて、どうしようかな。実は私も、決めてないんだけど」
「ちょ、ちょっと、そんなんでいいわけ?」
「さぁ、いいんじゃない?明日は明日の風が吹く、ってね。
 終わった後の事は、終わったときに考えましょ。
 それより今は、この決勝を楽しみましょうよ」
「まったくもう……でもまぁ、それもそうかも、ね。
 決勝、凄い試合に、なるんでしょうね」
「あぁ――きっと、最高の弾幕ごっこが、見られるよ」

 23:57:40――ステージの、脇にて。
「さぁ、もうすぐだぞ、準備はいいか、メルラン、リリカ?」
「準備OKよ、いつでもいけるわ、姉さん」
「こっちも大丈夫。まぁ、2回目だしね、この役目も。
 ……でも、勝負じゃみんな緒戦負けだったし、
 結局私たちって盛り上げ役がお似合いってことなのかなぁ」
「こらこらリリカ、弱気になるな。
 今までの大会、お前も楽しんでたろう? それで、十分じゃないか。
 勝ち負けの問題じゃないって。なぁ、メルラン?」
「そうよ〜。だから、最後までこの場を盛り上げて、
 私たちも一緒に盛り上がりましょう、ね、リリカ?」
「……うん、ありがと。ごめんね、変なこと言って。
 よ〜し、それじゃ、最高の盛り上げ役になるよ〜!」
「あぁ、その意気だ! さぁ、そろそろ、始まるぞ! スタンバイ!」
「「は〜〜〜い!」」





 23:58:00――ステージに通じる、通路にて。
十六夜咲夜は、ひとりステージの方向を、見つめていた。
「やれやれ……ここまで来ちゃった、か」
前回の大会で一番最初に退場した自分が、今回こうして最後の舞台に立つ、ということに、
ある種の皮肉すら感じて、咲夜は苦笑した。
とはいえ、ここまでの4戦――人形師の使い魔の人形に始まり、
蓬莱の人の形、歴史喰いの半獣、そして境界の妖怪、と、
いずれにも決して楽な戦いは、させてもらえなかった。
その厳しい戦いを乗り越えて辿り着いた、この舞台だから、こそ。
決勝も、負けるわけには、いかない――そう咲夜は思った。
――たとえ、相手がよく知るあの門番であっても、だ。

 懐から愛用のナイフを取り出し、刃を見つめる。
鈍く光る刃先に映る、自分の顔。
刃の中の自分に向かい、ふっ、と軽く笑みをこぼしてから。
咲夜はナイフを再び懐にしまい込み、歩き出した。
「それじゃ、行きましょうか。全ての決着を、つけに」





 23:58:30――ステージに通じる、もう一方の通路にて。
紅美鈴は、かつてない緊張の高まりを覚えていた。
それもそのはず、相手はあの、メイド長。
「咲夜さん……私は……」
それだけ呟いて、美鈴は、目を閉じる。
外界からの旅人に、冥界の剣士、春の精、そして――主の妹。
この大会で、数々の激戦を制してきたとはいえ、
決勝という大きな舞台に自分が立つことに、不安があるのも、事実。
けれど、ここまで勝ってきたからには、最後まで戦い抜くのが、礼儀というもの。
どうせ勝っても負けても、ここで終わるというのならば。
勝って、有終の美を飾ろう――たとえ、自分より上の相手であろうとも。

 緒戦のとき、咲夜がかけてくれた言葉を、思い出す。
――「平常心」。
それを思い出す意味で、
「すぅー…………はぁーっ」
大きく一つ、深呼吸――そして。
ぱぁんっ。
自分の両の頬を、強く叩いた。
「……よしっ!」
気合、十分に。美鈴は、ステージへ向けて歩を進めた。
「この試合……勝ちに行くっ!」





 そして――23:59:00、ステージにて。
騒霊3姉妹のファンファーレ演奏に続き、
「これより、決勝戦を開催いたします!」
というアナウンスとともに、ステージの周囲以外から明かりが消えて。
暗闇の中、浮かび上がったステージの上に――今日の主役、2人の姿が、現れた。

「来たわね、このときが」
「えぇ、そうですね」
「あらかじめ言っておくけど……負けてあげる気は、ないからね」
「当然です。私も、負けるつもりは、ありませんよ」
「そう。それを聞いて、安心したわ。
 ま、どっちが勝ってもいい、なんてことは言わないけれど、
 お嬢様に、そしてこの会場の皆に恥ずかしくない試合を、しましょう、美鈴」
言いながら、ナイフを構える、咲夜。
「はい、咲夜さん――ぜひ、この大会の最後を飾るに、相応しい、試合を」
応じて、構えに入り闘気を高める、美鈴。



 ――訪れた、刹那の、静寂。



 ―――その、直後。



 ――――参加者たちの、数多の想いが、渦を巻く、その中で。



          ―― 00:00:00 ――


「この銀の刃で――優勝への道、切り開いてみせる!」
「この紅の闘気で――頂点の前の壁、打ち破ります!」

 第2回東方最萌トーナメント、最後の23時間が、始まった――!