【最萌半年記念SS「usual days」】
(初出:東方シリーズ板「東方最萌トーナメント 十本目」 366〜)

「よう」
「また来たの?」
「また来たぜ」
ああ、またか、と図書室の主・パチュリーは思った。
毎日のように、何度となく繰り返されるこんな会話。
それこそ、2人の間だけで通用する挨拶のように。
そしてこれまた何時ものように、来客者―――魔理沙は、
本棚から何冊かの本を見繕うと、パチュリーの向かいに腰掛けるのだった。

「……」
「……」
図書室の中に、本のページをめくる音だけが響く。
2人の間に流れる、決して不快ではない沈黙。

「……あ」
それを破ったのは、魔理沙の一言だった。
「……なぁパチュリー、ちょっと、出かけないか?」
「出かける?……どうしたのよ、急に」
「いやなに、ちょっと思い出したことがあってな。だめか?」
いきなり問われ、どう返したものか考え込むパチュリー。
この図書室は彼女にとっての安息の地であり、
ここを一時とはいえ離れるのは気が進まないのは事実だった。
だが、目の前の魔法使いの誘いを無碍に断るのもなんとなく気が咎めた。

 しばしの思案の後、パチュリーは「ふぅ」と一つため息をついて、
「分かったわ、付き合うわよ」
「お、随分あっさりと乗ってくれたな」
「どうせ断ったって、無理やりにでも引っ張っていくつもりだったでしょ?」
「そんなことは……ないぜ」
「……何よその間は」
「……ま、まぁ、とにかく、そうと決まれば行くぜ、ほら!」
「ちょ、ちょっと、引っ張らないでってば……!」
かくして、魔法使いと魔女は、図書室の一角の窓から外の世界へ飛び出した。



「魔理沙が来たい場所って……ここだったの?」
「あぁ、そうだぜ。懐かしくないか?」
「まぁ、確かに来るのはあの時以来だけど……なんでここなのよ」

 今、2人がいるのは、かつて幻想郷全体を巻き込んでの
トーナメント大会が行われていた特設会場。
本来はトーナメント終了後に会場はその役目を終えるはずであったのだが、
決勝終了後の宴の席で、誰からとも無く
「ここが無くなって、この大会の熱狂が忘れられるのは惜しい」という声が上がり、
結局、記念碑的な役割として保存されることになった。
「まぁ、会場が残ってれば次をやる時も便利だし」
などという声もあったとかなかったとか言われているが、それはまた別の話。

 ともかく、今や人気のまったくない会場の中で、
魔理沙は、パチュリーの質問に対し、こう返した。
「ん、いやなに、動機は単純だ。
 今日で、あの大会が終わって半年、って事に偶然気付いた。それだけだぜ」
「……それだけ?」
大きく頷く魔理沙。
「……はぁ」
パチュリーは思わず脱力した。何か企みでもあるのかと思ったら、
そんな単純な思い付きだったとは。
「……帰るわ」
「おいおい待てって、せっかく来たんだ、もうしばらく昔を思い返してみようぜ」
「昔、って……。そりゃ、魔理沙には半年って長い時間かもしれないけど」
人間である魔理沙と違い、生粋の魔女であるパチュリーは
既に100年を越える時を生きている。
その彼女にとっては、半年なんてたいした時間でも無い。
実際、あれから半年が経ったということも、魔理沙に言われるまで気づかなかった。
なのでそんな瑣末なことはどうでもいいはずだった……のだが。
「まぁ、いいじゃないか、たまにはこういうのも」
「……もう、分かったわよ……まぁ、たまにはいいかしらね」
結局のところ、やはりパチュリーは魔理沙には弱かったのである。



 しばし、がらんとした会場を見渡しながら沈黙する2人。
「……私は」
そこで魔理沙が口を開いた。
「あの大会で……準々決勝でパチュリーに負けた時、
 全力で戦ったし悔いは無い、ってその時は思ってた。
 けど、家に戻ってから急に悔しさがこみ上げてな。あの時は荒れたぜ」
「……そうなの?」
「あぁ、夜通し一人で酒を煽ってたぜ。それこそ記憶も飛びかけになるくらい」
「……知らなかったわ」
そこまで魔理沙が荒れたのを見た記憶は、パチュリーには無かった。
「まぁ、誰にも言ってないしな」
そこまで言って、へへっと笑う魔理沙。
「……でもさ」
「?」
「今考えると、それもまた自分の大事な経験の一つになってるか、って思うんだ。
 敗北は人を強くする、ってな。
 パチュリーは、どうだ?今からあの大会を思い返してみて」
「そうね……」
あの大会で、幾つも幾つも、大変な勝負を勝ち抜いて。
それでも、惜しくも、頂点にはあと1歩届かなかった。
全力は出した、悔いは無い。
そう思ってきたし、今でもそれは変わらない。
けれど。
自分は結局、あの大会を通じて強くなれたんだろうか。
そこは、自分でもわからない。
ただ、確かなことは。
「まぁ、楽しい時間だった、かしら」
「そっか……来て、良かっただろ?」
「……えぇ」



 と。
「あら、貴方たちも来てたの?」
「「!?」」
後ろからかかった声。振り向いた2人の目に入ったのは、幽々子と妖夢の姿。
「なんだ、あんたらも私らと同じ理由か?」
「たぶん、ね」
幽々子は苦笑して、
「……まぁ、あなたはともかく、そっちの魔女っ子さんもいるとは思わなかったけどね」
パチュリーのほうを向いて、そう続けた。
「大方、魔理沙に引っ張ってこられたんでしょう?」
「ご名答」
「やっぱりね」
そこまで言葉を交わして、お互い苦笑い。

「で。
 どう、せっかくここで会ったんだし、半年振りにやってみない?」
「……あなたも随分と唐突ね……まぁ、今日は喘息の調子も悪くないし、いいけど」
「どれだけ腕を上げたか、見せてもらうわ」
「えぇ、たっぷりと見せてあげる」
そして、再戦が始まった。
とはいえ、どちらもこの勝負を勝ち負け抜きで楽しんでいるのが傍目にも分かる。
「始まったな」
「そうね」
「で、庭師、お前はあの大会を振り返ってみて、どうだ?」
「さぁね……けど、きっとあなたと同じよ」
「ん……そか」
それだけ言って勝負を見つめる、魔理沙と妖夢であった。

 会場を飛び交う、色とりどりの光弾。
それはさながら、半年前のあの熱狂の日のようで。
けれど、こんな日もまた、幻想郷の少女達にとっては何気ない日常、なのである。